正直言うと、だ。
目に入れても痛くないほど可愛がってても、溺愛でも、甘くとも。
譲れないものってあるものじゃないか。
特に、用務課代表の上条久弥さんのことともなると、無駄に豪華で重厚な机をひっくり返し、パソコンとスタンドライトと机を破壊しても仕方がないと思う。
雇用された時から、ヒサヤさんは生徒に一貫した態度をとっていた。
それが、だ。
可愛がっている甥に対して、『めんどくせぇ』と三回も、そう、三回も、普段の口調で言ってのけた。
これは、由々しき事態である。
もう、ヒサヤさんに対して可愛がっていた甥が何をしたかを事細かに調べつくし、すぐに電話してしまったくらいの事態だった。
なんてことをしてくれたんだというのは簡単だ。
とにかく甥に何をしたのか、何をいったのか、できるだけ穏やかに聞いた。
心中は穏やかならざるものだったが。
これも正直に言おう。
俺はヒサヤさんが、怖い。
本当に、怖い。
甥の話を聞いて、調べたことを照らし合わせて、甥の性格を考えて、ヒサヤさんの性格を考えた結果、甥をヒサヤさんから、それとなく遠ざけることにした。
これは間違いのない選択だと思う。
甥に謝りにいかせても、ヒサヤさんにとっては面倒だし、甥の物言いはわりと上から目線だ。
甥のことを知らなければ謝られた気もしないだろう。
だからといって、このまま放っておくと、ヒサヤさんはこの学校にある職場を潔く辞めてしまうだろうし、そうなると黙っていない奴らを俺は数名知っている。
それに、なんといっても、甥をもうヒサヤさんに近づけたくないというのが俺にはあった。
そう、可愛がっている。可愛がっているのだ。我侭放題だし、自分中心なところあるし、人のこと振り回すし、いみわかんねぇーよってとこあるし、ポジティブすぎるとこあるし。けれど可愛がっているんだ。うちには子供がいないだけに。
でもなぁ。限度がある。
ヒサヤさんに絡んだのはまずかった。他に何をしようが放って置いたのに。
これもまた、正直にいうと、だ。
怖いということ以上に、俺はヒサヤさんを尊敬している。
付き合いからいうと、たかが15のガキが生まれる前からの付き合いで、ヒサヤさんの幼馴染よりは劣るが、そこは置いといて。
ヒサヤさんがでかい抗争を『めんどくせぇ』っていいながら、とあるチーム壊滅させたときも、チーム解散時に皆が男泣きして『うっとうしい』っていってたときも、大学行かずにやっぱり皆にベタベタされてフリーターで忙しそうにしながら『うぜえ』っていってたときも、一気にバイトやめて、『他の連中よりマシだ』といってこの学校にはいってくれたときも、傍にいた。
この感情をなんといったものか…単純にいうと、大好きである。
机を破壊して、パソコン再起不能にして、お気に入りのスタンドライトを粉砕して、甥を脅しつけるほど、大好きである。
「お、おおおお、おじ、さ…」
「理事長、と呼びなさい」
「り、りじ…りじちょ…」
「佐伯くん、そんなわけだから、停学ね?三週間だよ?大人しくしておいてね?さりげなく用務課の人たちから距離置いてね?嫌とはいわせないし、距離置かなかったら、理事長権限使いまくるからね?「そんな横暴許されるわけないじゃんか!」わかるかな?わかった?わかったら、返事しろよ、このクソが」
「ははは、はい!」
気がついたら、観葉植物も台無しになってしまった。
何か、昔の悪い口調も出てきた。まぁ、人間やればできるんだという話だ。
物に当たっているのはあれだ。甥をなぐるよりよっぽどいいと思う。
秘書の富田くんが『ざまぁ』って顔してるのが、すごく印象に残ったんだが、…富田、それは俺に対してか?それとも甥に対してか?どっちもか?
あとで意味もなく殴ろう。
殴り返されるだろうが。
あーそうこうしているうちに、すごくヒサヤさんに会いたい。すげー会いたい。
「富田くん」
「なんですか、佐伯理事長」
「ヒサヤさんに会いにいこうか」
「仕事は…ぶっちしても大丈夫なのしかありませんね。よし、いこうか。佐伯」
「おう、このクソガキぶち込んでからな」
「言いたい放題じゃねぇか、佐伯」
「仕方ねぇよ、ヒサヤさんだし。仕方ねぇよ」
「ああ、まったくだ。ざまぁねぇな」
俺に向かってもう一度、ざまぁといった顔をする。
俺は甥という関係のクソガキの首根っこを捕まえて、決心した。
よし、富田殴ろう。