憂愁。


それは、一人の男のため息と発言から、始まった。

「…彼女欲しい…」

話は男の知らぬ場所で展開する。
「ユウさまが、本日十回目のため息をつかれた!」
「なんということ!これは由々しき事態です!」
オペラグラスを傾け、ゆっくりと飽く迄優雅にカチカチとカウンターを押しながら、ユウシュウ様を癒し隊隊長が小さく叫んだ。
それに呼応した副隊長は、中に妙齢の男性が入っているとしか思えない、くったりとした熊のヌイグルミを片手に、携帯の短縮ボタンを押した。
オペラグラスの向こう側で、男の傍にいた男の友人が携帯電話を手にとる。
『なぁん?』
「ユウさまはなんとおっしゃったんですか、名誉会長!」
男の友人でありながら、癒し隊の名誉会長なる肩書きを持つ彼は、オペラグラスで見てもなお不鮮明な遠距離でもわかるほどにゆっくりと首を振った。
『あかんよ〜、そういうのんは、あ、と』
そう言って、すぐに切られた電話は、違う音を奏でた。
交響曲第九番、よろこびのうた。
メール着信だ。

彼女欲しい

本文に素っ気なくのせられたその一言は、あまりにも彼らには重く、大事であった。
「なんてことでしょう隊長!もはや、我々の癒しだけでは、憂愁の君には間に合わないのです!!」
「それは、由々しすぎる!こうしてはいられない!隊の皆におふれをだして、学園1の癒し系を捜し出すんだ!」
「「そして我らが憂愁の君の恋人に…!」」
癒し隊の首脳会議はあっという間に終わり、おふれと言う名のメール一括便は放たれた。
かくして、多くはないが優秀な癒し隊員たちは、憂愁の君…通称、ユウシュウ。
閂愁二(かんぬきしゅうじ)の恋人探しをはじめたのであった。
彼らは忘れていた。
閂愁二が欲しいのは彼女であって、けして彼氏ではないということを。

これは、閂愁二がその恋人と出会う前の話である。
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