甘いものばかり食っている様子に心配になるほど俺は鬼怒川というやつが好きなわけでも世話好きなわけでもない。
勝手に糖尿になりゃいいと思うくらいだ。
しかし、俺は晩飯も冷蔵庫に入れ始めた。
答えは鬼怒川の食いっぷりにあった。
ガツガツと食う姿は礼儀作法なんて無視だ。ケーキを手でつかむわ、菓子パンを三口で食うわ、たったままキッチンから動かず食うわ。
ヒデェ有様だけれども豪快で、それでも食べかすをのこすことや、食い散らかすといったことがない。
それだけ美味そうに豪快に、甘いもの以外も食うのだろうか。
食べさせてみたいと思ったのがきっかけだ。
調理してるところなど、死ぬほど見せたくない上に、野郎と向かい合って食事ってのも何か微妙な気分だから、イマイチ生活リズムが鬼怒川とかち合わない俺は、豪快に食っている様子をみたことはないが、食ったあとは食器を食洗機にいれてあるし、どこか汚れた場所があるということもない。
いつも用意しておけば食ってある。
正直、うれしい。
人に飯を作ったことも菓子を作ったこともなかった。
前の同室者にすら、調理中の姿を見られたくなかったから、見せたこともなければこうして飯を置いておくこともなかった。
前の同室者は勝手にものをくったりしないし、過干渉をしないところが気に入っていた。
友人であるし、俺が調理好きということも知っていたが、俺に飯を作ってほしいだの、俺が作って置いておいたものを美味そうだということもなかった。
作ってやりたいという気持ちもなかった。
いきなり図々しくリクエストなんてしなかったし、甘いもので冷蔵庫を埋め、挙げ句に俺に食われるなんてこともなかった。
だから、こうして他人に美味かったなんて伝えられることもなかった。
美味かったというだけの感想がただ嬉しいということも知らなかった俺は予想以上に鬼怒川省吾にはまっていたことに気が付いていなかった。
ある日の昼休みに駆け巡った風紀委員長恋人ができて弁当を持ってきたという話を聞いた瞬間、衝撃を覚えた。
昼にも飯は食わなければならないという事実に今更気付いた。
衝撃だった。
俺は鬼怒川省吾の胃袋を支配した気でいた。
デザートも間食も、晩飯も俺の作ったものを口にする鬼怒川。
弁当ときいて急に、昼飯と朝飯の存在に気がついた。
生活リズムが違うのだから、朝も夜もあまり顔をあわせることはあまりない。
意図的にそうしていた頃とは違い、一応面識もできたし、開き直った部分もある。
だから、少しは顔をあわせるようになったのだ、これでも。
しかし、朝を食っている姿は見たことが無い。
朝飯は絶対食わなければならない。と思うことも無ければ、しっかり食えというつもりもない。
だから、朝飯はぬいていたのなら、それでいい。
しかし、食べていたとしたら?
甘いフレンチトーストや、パンケーキ、スコーン、フルーツサンド…喜んで食いそうだ。
昼飯にしたって、弁当を用意すれば、きっと空になった状態で、いつもの一言メモが添えられ、洗って返してくれるに決まっている。
想像しただけで、口角が上がる。
だが、同時に思い出す。
『恋人』の弁当。
そう、恋人がいるのなら、それは迷惑行為他ならない。
恋人がいるというのに、飯を用意するやつがいて、飯も一緒に食えない。では、馬に蹴られて死んでしまえということではないだろうか。
いつも傍にいられない恋人だとしても、毎日そんなことをされては嫉妬もするだろう。
俺は鬼怒川の家族でなければ、親戚でもない。まして仲のいい友人ともいえない。
強いていうなら、押し付けシェフ、だ。
俺は最近普通になってしまった、騒がしい食卓で眉間に皺を寄せた。
「…怖いんだけど」
ビビリのくせに、慣れたらわりと図々しい友人が、隣でポソリと話しかけてきた。
「あ?そういう顔だろ、元から」
「そうだけど、いつもより酷い」
なんだそれヒデェのはお前だ。
と思いながら、顔はそのまま、友人の隣にいる転校生に気づかれないように続ける。
「…誤算があった」
「いつものことじゃないの」
ほんとうに酷い友人だ。
確かにそうといえばそうだ。
こうして、友人のクッションになるべく、騒がしい輪に入った俺は、友人以上に疲れている。
これも、誤算なのだ。
それがあったからこそ、恋人の弁当だとかいう珍妙な俺には関係もないもので舌打ちしたい気分になったのだが。
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