災難よ、こんにちは


背が高い。眼鏡で、ぱっとしない。
あだ名は大木。
本名は一瀬二十日(いちのせはつか)。
からかわれること、物心ついてから十数年。
音にすればかわいく、字にすれば二十日。
生まれたその日は一月二十日。
眼鏡を外せばモノが見えずに眉間に皺をよせてしまうガンたれで、不良に絡まれ逃げ足ばかり早くなる。
喧嘩は正直からっきし。
だからって不良が怖いかといわれれば、別に。
だからこそ、皆が避ける場所を素通りして窓の外なんて眺められるのだと思う。
背が高いから常に後ろの席になってしまうのと同じように、窓側で先生が近寄らないポジションにいる人間というのも常にかわらない。
その席から斜め二つ隣。
授業中に暇さえあれば、外を眺める。
たとえその席に座っている素行不良の生徒が俺をガン見したって気にしない。
あちらが俺に声をかけてきたことは一度もないから。
素通りして外を眺めていても、視界の端に入る姿は、誰もがかっこいいという美形だということは知っている。
その誰もがかっこいいという美形であり、そのくせ恐れられている斜め前の席の不良に、今、校舎裏に呼び出されている。
否、呼び出されているというのは正しくない。手をひっぱられ校舎裏につれていかれたと言ったほうが正しい。
…呼び出しはされたのだが、無視しようと正門から出ようとした際に、呼び出しをした不良…ではなく、その不良とよくつるんでいる不良に腕をひっぱられここまできた。
呼び出しされる理由は、一つくらいしか思い当たらない。
「罰ゲームだ、付き合ってくれ」
しかし、呼び出してくれた不良…相原久住(あいはらくずみ)という名前を持つ男は、そういった。
俺の腕をひっぱってくれた不良、木崎優(きさきゆう)はニヤニヤと俺と相原を見た。
…俺の心当たりは、罰ゲームなどではなく、いつも窓の外を眺める際、チラッと相原を見てしまうことだったのだが、どうやら違ったらしい。
「答えは、イエスかはいだ」
相原の視線は、恋をしている人間のソレではなく、未だ木崎に腕をとらえられている俺に逃げ場はない。
そして選択肢もない。
不良が怖くないといっても痛い思いをするのはごめんこうむりたい。
本人も罰ゲームだと言っているのだ。少々付き合ったからといって、大したことにはならないだろう。そう踏んで、俺はとりあえず、頷く。
「やったら、今日から一緒に登下校。あと、昼飯も一緒」
木崎が仕切りはじめた。
相原は何も言わない。恐らく、罰ゲームの提案者は木崎だ。
「…相原はいつも遅刻してくるか、いないかのどちらかだろ?いない場合はいいとして、遅れる場合はどうしたらいいんだ?俺が合わすのか、相原が合わすのか」
物怖じしないどころか質問さえする俺に、木崎は首を傾げた。
相原はやはり何も言わない。…俺が、びびらないということを知っているし、さっさと罰ゲームをおわらせたいと思っていることを知っているからだ。
「俺らんこと、怖ない?」
「怖くはないが、喧嘩をすれば勝てない。痛いのは嫌だから、さっさと終わらせたい」
木崎に言い返すと、ようやく相原にアクションがあった。…舌打ちだ。
何がお気に召さないのかは大体、解っている。
一年前のことだ。
俺は相原と付き合っていた。
しかも、罰ゲームで。
一ヵ月、誰にも知られないように。
知られたら期間延長だったが、誰にも知られなかったため、一ヵ月で終わった。
だから、相原は俺のことを知っている。そして、俺も相原のことをよく、知っている。
相原は俺の言葉に内心イライラしているのだ。
俺が他人のフリをするのにも、さっさと終わらせたいというのにも、内心イライラしている。
一ヵ月も付き合えば、どうでもいいやつとは言い難いところがあるのだろう。
どうでもいいやつには何の反応も示さない相原が俺に舌打ちをする理由はそこなのだ。
「ふぅーん?まぁ、ええけどー。あ、そうそう!一瀬も久住もお互い呼び捨てよろー」
呼び捨ては前の時もしなかった。
しなかったが、名前くらいなんということはない。
俺は人の名前を呼ぶことすら少ないのだから。
「わかった。じゃあ、今から帰ろうか?」
捕まれていないほうの腕を差し出す。
木崎も俺は逃げないとなんとなく理解したらしく、腕を放してくれた。
差し出した手を相原が痛いくらい睨みつけてくる。
「…いらねぇよ」
差し出した手は叩かれた。
前もこんなことあったな。と思いながら、手を下げると、先に行ってしまう相原を追い掛けた。
「あっかん、大木くんタラシやわ」
こっそり木崎がつぶやいたことなんて、俺は知らなかった。
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