再びの罰ゲームのお付き合いは果たして、よりを戻した。と言っていいものかどうか。
歯を磨きながら思うわけで。
「おーい、ハッツー。か、れ、し☆」
一度目の罰ゲームの原因である兄が嬉しそうに俺を呼ぶ。
一年前俺に罰ゲームを命じ、挙げ句罰ゲーム相手をその辺からつれてきた強者が兄だ。
その辺にいた相原には悪いことをしたと思う。
その上、美少女だと思って無理矢理連れてきた兄は、すっかりその面影をなくした相原が、また罰ゲームをさせられていることに大笑いし、何か機会があってはからかおうとする。本当に、相原には申し訳ないかぎりである。
兄の声は無視をして、歯磨きを終わらし、顔を洗い、髪を整えながら洗面所から出ていくと、リビングのソファに座る元美少女のようだった相原と、今も昔もしつこくてウザイ上にある意味、質の悪い不良である兄が居た。
「…ウザイならうざいって言っていいから」
「……ミソカ、ウゼェ」
ちなみに、兄の名前は三十日(ミソカ)という。12月30日に生まれた忙しない人だ。
一回目の罰ゲーム時、不良間で有名な兄に絡まれ威嚇している間に俺と会わされ、あれよあれよと罰ゲームに付き合うことになった相原。そして、今、相原の罰ゲームの対象となった俺。
俺は、イエスかノーで答えろといわれても、罰ゲームに付き合うことを了承しただろう。
「ハッツーもクズミンもひどい!ひどすぎる!俺のお陰で出会って、よりをもどしたのに…!」
不運な相原に何といったものか。
苦笑して、一年ほど前に日課としていたように、相原の前にあるローテーブルにマーガリンと、トーストとケチャップとマヨネーズをかけたスクランブルエッグを置く。
「今日は飯がなくて」
朝が苦手な相原は、朝は一度会わなければならないというルールを心底嫌がったが、夜のうちに兄に確保され、両親が海外にいる我が家に朝帰りし、朝飯を食って帰るというパターンを作った。
今朝は、一緒に帰ってきた俺と相原を見かけた兄が、無理矢理、相原を家にあげ、一泊させた。
つまり、罰ゲーム二回目付き合って一日目にしてお泊りである。
「よく覚えてるな…」
味のついていない卵を出すと毎回、マヨネーズとケチャップをかけていたことを覚えていた俺に、相原がポツリとつぶやいた。
「ああ…食の好みは覚えてる」
本当はパンより米が好きであるということも知っている。出されたものに文句は言わないことも、知っている。
「次があれば飯、用意するな?」
昔のくせでつい、さらっと相原の頭を撫でてしまう。
相原は眉間に皺を寄せた。
「いい加減、その癖治らねぇのか?」
出会った当初は俺よりずいぶん小さかった。美少女ではなくなった今も俺より僅かに小さい。
だが、小さい子にするように頭を撫でることはおかしいといえる。
一年前も嫌がられていたが、ついつい小さいが故にやってしまっていた。
最初は殴られそうになって避けたりしていたが、途中から相原が諦めたようだった。
それが癖になり、一年たった今も自然と手が出てしまっていた。
「そのうちなおす」
苦笑してダイニングテーブルの前にある椅子に座り、朝食をとる。
一年前も、一度として俺と相原は同じテーブルにつかなかった。
「冷めてんのか、熟年なのかわっかんねーの」
兄が俺と向かい合わせに座って呟いた。
我が家の朝飯は、意外と静かだ。
天気の話や今日の予定くらいしか話さない。
相原も話をしないので、本当に静かなものだ。
「ハッツー、今日、集会〜」
「飯は必要ないな」
「飯は必要ないな」
まるで夫婦の会話だ。
背後から聞こえる会話に一年前と同じように聞き耳をたてる。
あの頃から、おそらく、一瀬は変わらないし、俺も外見以外は変わらない。
一緒に歩こうとすると手を差し出す、何か約束事をするとき指をきるかのごとく頭を撫でる。
俺は手を差し出されると叩き落とすし、頭を撫でられると嫌がりやめろという。
一瀬がそれをやり始めた当初、心底嫌だった。
今も変わらず心底嫌だと思う。
罰ゲームといわれ、付き合わされ、面倒で腹立たしくて仕方なかった俺に、一瀬の態度は一ヵ月変わることがなかった。
…一瀬は天然タラシだ。女をタラシ込むという具合で男にも…というのではない。あいつは人間をタラシ込むのがうまいのだ。好感を持たせるという意味合いだが、その度合いは人によって異なる。一ヵ月もの間、恋人としてソレにさらされた俺は、半月で一瀬を友人に格上げし、一ヵ月になろうとする頃には友人の枠を越えていた。
恋愛というには未発達で友人というには物足りない感情は、一年で恋になった。
付き合っていたことを秘密にしていた。
一月だけの恋人だった。
関わりがほとんどなく、不良でもなければ背が高いというだけで取り立てて目立ちもしない一瀬と、不良で悪目立ちして、急にきた成長期でやたら恐れられるようになった俺。
声をかけることが難しいと思っている間に、気持ちが高まり、恋愛感情になってしまったあと、成長してしまった自分自身を見て、更に声がかけられなくなった。
今回の罰ゲームも、一瀬に声をかけるつもりはなかった。
再び、期限が見える恋人ごっこをすることが嫌だったからだ。
それなのに、木崎に『ほら、大木くんとかどーお?』といわれて、思わず『一瀬じゃねぇとダメか?』と聞いてしまった。
興味がないように言っておけば、木崎が食い付くことはなかったのに。