なんてことを聞いてくれるんだ。いや、聞いてくれてもいいが、俺に報告する義務はない。俺は後輩に思わず拳骨を落とした。
「いって!久住さん横暴っす!木崎さんも何か言ってください」
「いやぁそれはゆっちが悪いわぁ」
俺は後輩と木崎の声を聞きながら、大きなため息をつく。
後輩が答えを教えてくれる前に、俺は一瀬が何と答えたか予測ができる。恋人だといったに違いない。
あの、なんとも思ってない普段通りの顔で言ってくれたに違いない。
思い出したかのように腹がたってきて、俺は舌打ちをする。
「……木崎さん、なんか、久住さん不機嫌なんですか」
「不機嫌は不機嫌やねんけどなーとにかく、八つ当たりされる前にここから避難しとこな」
「はい」
そそくさと俺から離れていった二人をよそに、俺はテーブルに肘をついて虚空を睨みつける。
俺は、できるだけ学校に行くようにしていた。
遅刻だろうが、授業が残り少なかろうが、行くようにしていた。
出席日数のこともあるが、何より、窓の外を眺める人物を見るためだ。
あいつに俺みたいな、明らかな不良が声をかけるのは迷惑だろうとか、人前でじっと見られるのも迷惑だろうとか、そんなことを考えて、見るというより確認するくらいのものだったが、それでも、毎日、あいつがいるから学校に行った。
それがここ数日、あいつがいるから登校などしていない。
腹が立つのだ。
何もなかったように普通に接してくるのが、どうでもいいと言われているようで、その他大勢と同じだと言われているようで、そう、腹が立つ。
俺がここでこうやってあいつのことを考えて腹を立てているということも腹が立つし、わざわざあいつを確認するために学校に行っていた事実にも今更ながらに腹がたってきた。
そうやって腹が立って、八つ当たりしてしまいそうで、顔を合わせないように、俺はここにいる。
あいつのことばかり、考えていた。
他の連中のことはいいと言うように、ここには居るのに、あいつが行きそうな場所は避けている。
「こーんばーんはー。元気元気ー?」
他所の溜まり場によく来る、繊細さの欠片もないミソカの声がした。
あの男がくると、俺の機嫌がどうであろうと、場は掻き回される。
「あ、一瀬さん!」
後輩が嬉しそうな声を上げた。
ミソカも一瀬なのだが、後輩のいう一瀬さんはただ一人だ。
俺は振り返らないように身体に力を入れた。
現金なものだ、いると解ったら、無視することができない。
「あい……久住、いるかな?」
言い慣れない俺の名前を呼ぶ一瀬は、やはりいつもどおりであるように思う。
声だけで判断しながら、俺は眉間に皺をよせた。
「あ、あそこっすけど……今、機嫌が……」
「そうだね」
後輩が一瀬を止めるための言葉を投げかけるが、一瀬は構わず俺に近づいてくれたようだ。
「久しぶり」
ふと、一瀬が笑う気配がした。俺はやはり、一瀬を見ないようにした。その上、不機嫌だということになっているし、不機嫌なのだ。応えることもない。
「無視されると寂しい気もするけど、相原だ」
呟きが聞こえたあと、俺の隣で、そう、ごく近くで、体温を感じた。
「できたら、イエスかはいで答えてもらいたいんだけど」
耳元で、小さいけれど大きな声が響く。
「付き合ってもらいたい。本当に」
離れていく体温を追いかけるように手が動いた。
一瀬の服の襟を掴み、振り向く。
少し照れたように笑う一瀬に、罵ってやりたい気持ちを抑えつつ、何度か口を開閉した。
「……本当、に?」
「本当に」
同じ言葉を繰り返すと、俺は逃げる気配のない一瀬から手を離す。
「選択権はねぇんだろ」
俺がそう言うと、一瀬が少し間を置いて、俺の頭に手を伸ばした。
「ないことにしてくれたら嬉しい」
俺はその手を払う。
「ねぇよ」
「そうか」
ふてくされたように、俺は一瀬から視線を外す。
手を払われたにも関わらず、諦めを知らない手が、俺の頭を撫でた。
「その癖、直せっつったろうが」
「やだよ、直さない」
腹の立つ野郎だな。
おわり。
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