いつも通り、相原は朝飯を食いに来て、兄が飯を作っている間に話しかけてくる。
「ねぇねぇ、いつ久住くんとうまくまとまっちゃったの」
不満そうな兄に、俺はどう答えたら正しいのか解らない。
フライパンの上の目玉焼きをフライ返しで切り分けながら、そっけなく答える。
「つい先日」
「えー……、俺、不満なんだけど」
「何が?」
「もっとこう、華やかで感動的にさぁ……色々考えてたのに」
後にぼそぼそと呟かれたことが本音に違いない。兄はどうやら俺と相原を弄って遊びたかったようだ。我が兄ながらひどい奴である。
「相原はともかく、俺がやっても映えないから」
「そうでもな……くはないけど……ん?」
やはり不満そうに俺に答えた兄が、何かに気がついたようだ。目玉焼きの乗った皿を取りに来た。いつもは何もせずに待っているだけの兄がこうして何かをするときは、いつも何かあるときである。
「ねぇ、久住じゃないの?」
二度目の罰ゲームで相原のことを久住と言うように強制された。しかし、俺も相原も罰ゲームである間、名前を呼ぶようなことはあまりなく、本気のお付き合いを始めた今は罰ゲームのルールを破って好きなように呼んでいる。
俺も相原も、長く呼んでいた名前に馴染みがあり、両者ともに呼び方を変えることはなかった。
茶碗に飯をよそい、ソファにいるだろう相原を見ると、今朝は眠気に負けたらしくソファで身体を傾けて寝ている。
「相原のが慣れてるからなぁ……」
「なんか初々しさの欠片がない」
また兄が不満そうな声をあげた。
罰ゲームで二回も付き合ってしまったら、そんなものである。
俺は疲れそうな寝方をしている相原を起こしに行った。朝飯より寝るほうが先決だろうと、起こさないで置いたら不機嫌になったことがあったからだ。
一瀬に起こされると、ミソカが一瀬に文句をたれながら食卓についていた。いつものことながら面倒くさい男である。
一瀬と付き合い始めてしばらくたった。罰ゲーム時も一応付き合っていたのだから、何かがそうそう変わるわけでもない。俺も一瀬もあまり変わりない日々を送っていた。
変わったといえば、本当に付き合い始めたという事実と、今まで抑えていた欲求を表に出すようになったくらいだ。
それが大きく変わったことかといえばそうでもない。
いつも通り一瀬の家で朝飯を食い、昼には何を話すでもなく昼飯を食い、放課後は各々好きなように過ごす。
「だいたいさぁ……ハッツーもくずみんも、恋人らしいことしてる?」
ミソカの文句はどうやら、そんな俺たちを見てのものらしい。俺としては不満はなかった。しかし、ミソカは不満なようだ。
「恋人らしいことって何?」
俺たちに不満を募らせるミソカと一瀬の兄弟の会話を聞きながら、俺は黙々と飯を食う。
「ご飯食べたり」
「朝も昼もいっしょだ」
「一緒に学校行ったり」
「行ってる」
一度目の罰ゲーム時に決めたルールを引きずり、朝は一瀬が飯を食っている。たまに一瀬の飯作りの手伝いをするのも、罰ゲーム時からの習慣だ。
登校と昼飯は二度目の罰ゲームでのルールだが、そのまま習慣化している。昼飯は、だいたい購買で買ってきて、二人して黙々と食べ、たまにポツポツと話す。一瀬とは無言でも時間が素早く過ぎていくので不思議だ。
「一緒に帰ったり」
「放課後は友人づきあいしてる」
俺はたまり場に行くし、ハツカはハツカで自由に友人づきあいしたり、買い物したりして帰っている。べったりするでもないところが大変気に入っていた。
「デートしたり」
「してもいいな。今度どう?」
俺は一瀬の言葉に頷く。それもいいだろう。
「何処か行きたいとこは?」
「ねぇな」
「じゃあ、うち来る?」
「そうする」
デートをすると聞いて、期待に満ち溢れた顔をしたミソカが一瞬にして残念なものを見る顔になった。
「そこは、遊園地とか水族館とか映画とかあるんじゃないの!」
「映画見たい?」
テレビで煩いほど宣伝されている映画をいくつか思い浮かべ首を振る。
「ねぇな」
「遊園地とか水族館とか行きたい?」
「あの寂れた遊園地と水族館に行きてぇか?」
動物園もそうなのだが、このあたりの遊園地、水族館は人の入りもまばらだ。いつ潰れてしまうのだろうという不安さがありが、土日祝日も人が少ない。
「だな。頑張った中学生のデートスポットって言われてるし」
「もーりーあーがーらーなーいぃー!」
座ったままでも地団太を踏みそうなミソカを無視して、俺は茶碗を一瀬に差し出した。
「おかわり? めずらしいね」
「なんか今日、腹減ってる」
俺たちの会話や行為もミソカには、詰まらないものらしい。また不満そうな顔をしたミソカが、黄身だけになった目玉焼きを口に運んだ。
「じゃあ、もう、ぎゅーとかちゅーとかしかないじゃん」
「したいときはしてるから」
「え、マジで?」
飯をよそって戻って来た一瀬が、俺に茶碗を渡した後、俺の口の端に指を伸ばしてきた。
「付いてた」
「あー……わり」
俺の口の端についていた何かを拭った指を舐め、一瀬がイスに座る。俺も飯を食うのを再会した。
「……くそー、ご馳走様な光景のはずなのに、なんかときめきがたりないし!」
いつも面倒くさいミソカが悔しそうで、俺は箸がよくすすんだ。飯がうまい。
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