一緒に登校をしたというだけで、噂というのは千里を走る。
前回は一度も一緒に学校付近まで来たことがなかった俺と相原の噂はあっという間に広まった。
「相原のパシリってマジか?」
席にたどり着いたその瞬間に机に伏せ、寝始めた相原を確認して加瀬(かせ)が隣にやってきて、小さな声で俺に尋ねた。
「パシリか…パシリね」
相原は俺の隣を歩くということがない。俺も相原の隣を歩くことはないし、時間に余裕があったためのんびりと歩いていた俺は少々相原に遅れていた。
つまり、相原の後ろについていくように歩いていた。
びくびくはしていなかっただろうし、控えめでもなかっただろう俺の態度より、相原の後ろにボーッとした大木がいるという事実が噂を走らせたらしい。
「おまえ、どうせ、快諾したんだろ」
俺は窓の外を眺めていることが多く、かつ、ぼんやりとしていることも多い。
そのため、他の人間にはぼんやりとしている間に大木がパシリになってしまい、その上パシリになった事実すらわかっていないと思われているのかも知れない。
しかし、友人である加瀬は、そう思っていなかった。
それもそのはず、ぼんやりとする事も多いが、人の話はきくし、あまり流すこともないと近しい友人は知っているからだ。
そして、どの程度までなら人の言うことを聞くかということも友人は知っていた。
「ああ、まぁ…」
「おまえ、広いっつーか甘いっつーか、いい加減にしとけ?」
俺と付き合うようになってから、加瀬は『いい加減にしとけ』が口癖だ。
加瀬からしたら俺の判断基準は非常に甘いらしい。
「いや、でも、別に困ってない」
「今はだろ?後々困ったって、やるっつった以上はやめろって言われても、満了するまでやるくせに」
「まぁ、そうだけど」
加瀬の言葉に頷きながら、本当は『パシリ』ではなくて『恋人』で、しかも罰ゲームだと言ったほうがいいのか…。
なんとなく悩んでいるうちに、加瀬も勝手に話を終わらせる。
「まぁ、俺が今こんなこと言っても、妙に頑固なおまえはやめないのは解ってんだよ。とにかく、何かあったら、言えよ?」
それには、頷く。
俺の判断基準で『何か』合った場合は、明らかに他人に言って一気に解決に持ち込むことは難しいことである。ということを、この友人はまだ知らない。
今、寝てしまった相原なら、そのことを知っている。だから、何かあっても何もなくても言えよ。と昔、言っていたような気がする。
そう考えると、相原は意外にいい『恋人』をしていたのかもしれない。…気分的には友人であったが。



人が寝ていると思って、いいたい放題じゃねぇか。
文句は言わない。
寝ているふりをしている俺の方が、どうかしているのだから。
一瀬は、一瀬のダチである加瀬の『パシリ』発言に、特に肯定も否定もしないで、俺と一緒にいることに肯定を示す。
一瀬のタチの悪いところは、これだ。
ぼーっとしている印象が強いため、話しかけてくる相手が思ったことを話させ、それに肯定も否定もしないため思い込ませる。
そのくせ、ちょっとしたことにははっきりと意思を示し人を驚かせる。…見直させる。
そして、大概のことはあまり興味がないし、大きく物事を見ているため、いい人だし、なんでもやってくれる。
そのくせ、記憶力が良く、さりげなくものごとをさらりとやってしまうために、どうしようもなく人を嬉しくさせることを自然とやってのける。
本当に、質が悪いのはこういう男なのだろうな。
そんなことを思わせる。
クラスが一緒になって、席がかわって、このならびになったときから、空をいつも見上げてぼーっとしている一瀬を睨むようにみることが増えた。
不意に、一瀬と目が合うときがある。
目が合うと、ふ…と柔らかく一瀬は笑う。
ほんの一瞬、誰にも気がつかれないくらい自然に笑う。
そんな風に笑って人に接するから、どうしようもなく惹かれてしまうのは、きっと俺だけではないのだろうとも、思う。
嫌な野郎だな。と、思いながら、俺はようやく寝る体勢になった。
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