「おー大木君、調子どーお?久住に虐められたりしてない?」
ニヤニヤしながら尋ねてくる木崎は、けしてイイ人ではないが、俺が相原に虐められることもよしとはしていないのだろう。
昼休み、不良の溜まり場、屋上でパンを並べて黙々と相原と飯を食っていた俺に、木崎が近寄ってきた。
「ふたぁりとも、なんも恋人らしことせんから、なんやつまらんわぁ」
面白みがないと罰ゲームじゃないと笑う木崎は、兄を思わせる。
昔も兄に無理難題を吹っかけられた。
ただし、木崎はそのあと無理難題を言ったりはしないあたりが、兄とは違う。
「あー、わかったわ。障害が足りひんのやわ。言いだしっぺやしぃ、やっぱ、俺が大木くんにモーションかけんとあかんのちゃうかな」
「いや、そういう問題じゃ、ないかと…」
兄とは恐らく、同じ愉快犯だとしてもタイプが違うのだろう。
兄は外から見て楽しむタイプで、木崎は自ら手を出して楽しむタイプなのだと思う。
どちらにせよ、迷惑な話である。
「なぁ、くぅーちゃんどうおもうー?」
「…くぅーちゃんいうな」
食いかけのパンを投げつける相原。
木崎は食いかけのカレーパンを見事に潰すことなく、ソフトにキャッチしてパクパクと食っていく。
「そんな態度なら、ええわ。大木君と仲ようなったるから」
なぁ、大木君と、心底楽しそうに笑う木崎。
おそらく木崎は、俺と相原の仲をかき回して楽しむこともするのだろうが、純粋に俺と仲良くしようとも思っているのだろう。
悪意があまりないし、木崎のクラスでの評価を聞く限り『ちょっとやりすぎって思うけどイイ奴だよね』という枠からでないことから、それがわかる。
不良だ、狂犬連れ歩いてる、副総長やってるだのという噂があるわりに、木崎と同じクラスになった人間にはわりと好評なのだ。
「なんやぁー熱視線はずかしわぁ」
「ああ、悪い。いい男だなと思って」
クラスの盛り上げ役なのに中心になることはない木崎は、たぶんいい奴なんだろうなという感想を一言で纏めただけだ。
「…」
相原が眉間に皺をぐっとよせた。
親しい友人だからといって、そんなに嫌がらなくてもいいだろうに。



一瀬はさらっと人を褒める。
本音だから、タチがわるい。
優と話をしているなと思っていると、さらっと褒めた。
木崎は、一頻り笑ったあと、『あっかん、大木君、とんでもないタラシやわぁ。惚れそ』と呟いた。…俺はそれを聞き逃さなかった。
肝心の一瀬は聞き逃してしまったようだが。
木崎は一瀬に惚れてしまうことなどないくせに、よく言ったものだ。
モーションをかけるといっても、本気ではないのもわかっている。
仲良くなろうというのは、本気だとしても、まず、一瀬をどうにかしようだとか、一瀬を自分に好意を寄せてもらおうだとか思っていないのだ。
木崎も性質の悪さでは一瀬に負けるとも劣らない。
振り回される人間がかわいそうに思えてならない。
大体、俺と一瀬が黙々と昼飯を食っていたからといって、どうして木崎が絡んでこなければならないのか。
俺はこうして一瀬と飯を、昼に食えるということに、結構満足しているというのに。
未だかつて、一応できた恋人という肩書きの人間と昼飯を共にしたことのない俺が、昼飯を一緒に摂っているという時点で、既に恋人らしいことをしている気になってはいけないのだろうか。
昼飯食いながら、あーんだのいちゃいちゃだの…面倒だし、なにか薄ら寒い。
むしろ食ってからなにかしたいと思ってはいけないのだろうか。
飯は、一瀬家の朝のように、静かで、何話すでなく食うのが一番好きなのだ。
たまにポツポツと話すだけじゃダメなのか。
一体何を求めてるんだ。そんなのは、自分の恋人にしてもらえ。
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