朝。
目が覚めて居間に行くと、居間は散らかり放題というよりも、荒らされていた。
ソファーが引っ繰り返るほどというか、机のあの傷はいったいどうやってつけたのだろう。
あまりのことに現実を直視できない。
我が家のキッチンスペースは、居間と繋がっている。所謂、キッチンダイニングというやつなのかもしれない。よくわからない。他の家どころか部屋の名称に興味がない。
そのキッチン側にある椅子に座ってぐったりしている兄は、切れ長の目がかっこいいだとか怖いだとか言われている顔に青たんを作っている。
そこからキッチンへと目を向けると、換気扇のしたに灰皿を置いてタバコをすってる相原。ああ、すっかり我が家の人だな。ちゃんと、我が家のルールを守ってくれてるんだな。と、これも現実逃避。
この二人と部屋の様子を結びつける。
喧嘩をしたんだろうな。それは解る。
どうして喧嘩をしたんだ。というのは聞かない。聞くととばっちりを受けるのは俺で、そのとばっちりを是が非でも受けてもらいたいとき、兄は勝手にペラペラ話し始める。
だから、聞かない。
「…おはよう」
とりあえずキッチン側にあるテーブルと椅子は無事なのだ。
俺は朝飯を作る。
「…はよ」
少し遅れて相原から返事があった。
口の端が切れている。
ソレがいたいのだろう。一瞬顔を歪める。
「飯食える?」
俺はそれだけ聞いてフライパンを火にかける。
相原は暫く俺がフライパンを動かしている様子を眺めたあと、無言で卵を三つ持ってきてくれた。
「ああ、いるわけか」
「玉子焼きがいい」
「刺激物は痛いわけだな」
頷く。
素直な反応に、相原の頭を撫でると、嫌そうに振り払われる。…そう思えば、やめるって約束したのにな。
「ちょっと、そこでふーふしないでよー…なんで聞かないの?なんでなんで?」
卵を三つボウルに割ってさっさとかき混ぜ、味をつける。
「む、し!イケズーもー!お兄ちゃん、最近知ったんだけど!罰ゲームなんだって?ねー?なんで、オッケーしたの?すきなの?好きなんでしょ!」
朝から、怪我だらけでよくそれだけ話せるものだなぁ…と思いながら、薄く広げた卵をクルクルとまいていく。
今日の卵は左がでかいな。斜めになった。
「好きだけど?まぁ、友達として」
俺の手元を見ていた相原が一瞬ぴたりと身を固め、すぐに安堵したような溜息をついた。
「相原?」
どうかしたか?と続けようとした俺に、兄が椅子から立ち上がった。
ガタッといい音がした。
「それ!ねーきいたんだけど!久住っていうようにしてたんじゃないの?」
「兄貴ウザイだまれ」
「ちょ、ひーどーいぃー。けど、久住って言うように言われてるよね?いってごらん、はい、さん、はい!」
こんなことを言い出したら兄はしつこい。
昨夜の残り物の煮物をだしてレンジに入れながら、俺は溜息。
「久住?」
「……」
相原は名前を呼ばれ、こちらを一度見たが、すぐに皿のうえに玉子焼きをのせる作業に移っていた。
俺が、他のオカズをだしたかったので、フライ返しとフライパンを渡したのだ。
文句も言わずにフライ返しで玉子焼きを三等分。分量はおおよそ同じだが、すこし多いのと少し少ないのができていた。
レンジが素早く暖めてくれた煮物をその皿に沿えるよう頼み、焼き魚は焼かないで、ほぐれた鮭が入った瓶を出す。そのあと、ご飯を茶碗によそうと、朝飯ができる。
あとは、あっという間にすぐに沸くといわれる電気ケトルに活躍してもらうことにして、急須に茶葉をいれ、ケトルに水を入れる。
「ちょ、なんでスルーなの?ていうか、素?それ、素?すっごいふーふ。なにそれ!洗剤のCM?」
「手をつなぎたくはならないなぁ」
皿をテーブルに持っていったあと、マジマジと自分自身の手を見て、俺の手を見て、相原が溜息をついた。 なんの溜息かはわからないが、いやに面倒くさそうな顔をした。
そんな相原が置いてくれた皿の玉子焼きは俺のが少し多いやつだった。 …兄の玉子焼きが一番少なかったので、奪われてしまったのだが。



罰ゲームがばれたことについて言及しない。
さすが、一瀬だ。
昨夜。
罰ゲームがばれ、一瀬家に連れられていったときからおかしいと思っていた。
黙ってついていった俺にはもちろん下心があった。
一瀬と朝飯を食う。
俺にとっては屋上で昼飯一緒に食うより大事で好きな項目であるのだから、ついつい、嫌な予感がしてもついていってしまう。
「くずみんくずみん。今なら、ハッツー寝てるから!襲っておいで!」
それでもお前は、あいつの兄か。
そんなわけで思わず口より先に手が出て足が出て、ソファをひっくり返すようなことになったわけだが。
「襲っておいでだと?…ざけんなっ!強姦じゃねぇかよ!」
「…最終的に気持ちよければ、ほら、なんとやら」
「マジ、ざけんなよ?つか、俺はそんなん望んじゃねぇ!」
「なんなのー?ていうか、いたいんですけどー。なに、まっとうなこと言ってんだかー襲っちゃいなよーハッツー気にしないよ?襲われたくらいじゃ」
それは、勝手に推測して言っているのか、昔そういうことがあったのか。
よく解らないが。
一瀬の考えだとか、気持ちだとかそういうのは、どこに無視しておいてきてるんだ。好きなら何でも許されるわけでもなし。
俺は、一瀬に嫌われたくなんかないし、そんなことをしてその他大勢にされるのもいやだ。
「だって、ハッツー、襲われたって逆転するだろし。本気でなんとかなっちゃったらボコボコだし」
ポツリといったミソカの声も聞こえないくらい俺は怒っていた。
それは、作ってもらった玉子焼きも小さいやつを置いてしまうくらいには。
後々、ソレが失敗だと気がついた。
なんで、あんな子供っぽいことをするんだ、あの野郎は。
いや、意趣返しに玉子焼き小さいものとか、俺も充分子供っぽいが。
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