兄が脅しても抑制にはあまりつながらない。
ヤンキーというやつは根性のある生き物だ。
気をつけていないと、やはり『久住さんに取り入りやがってよォー』という奴がやってくる。
そう思えば、この相原とのお付き合いというやつは一体いつまで続くのだろうか。
実のところヤンキー共に気に入らないと言われてもしかたない理由で相原と付き合っているわけで、少しずつ申し訳ない気分になってきた。
一発ぐらい殴られておくべきなのだろうか?…しかし、俺は殴られるのが嫌いだ。
痛いのは特殊な性癖がない限りは遠慮したいのが普通だろう。
『ちょこまかと逃げやがって!』となおも諦めず俺に飛びかかってくるヤンキー達は本当に根性のあるというか…根気のある生き物である。そろそろ諦めてくれないのだろうか。いや、もしかすると、逆に腹が立って執念を燃やしているのかもしれない。
しかし、俺よりも体力のあるヤンキーではなかったようで、数人がかりで俺に飛びかかっていたというのに、ついに一人のヤンキーが足を滑らせ、他のヤンキーを巻き込んで派手に転んだ。
見るからに痛そうな転び方をして、他のヤンキーともつれ合いながら、最終的にどうしてそんなことに…いいたくなるような有様になった。
転んだヤンキーは制服を大事にしていなかったようで、服を破いて膝を血まみれにした。
服が劣化していたとしても、それを貫通して膝を血に染めるくらいだ、軽い怪我とは言いがたい。
俺はそれを見たあと、逃げようと思っていたのだが、どうにもこうにもヤンキーたちの動きが鈍い。
痛みで固まっているヤンキーは仕方ないとして、他の連中も絡まった状態から脱しようと必死で、余計に抜け出せずにいる。
「……」
さすがに、転んで動けないヤンキーがかわいそうだし、絡まっている連中もどうにかしなければいけない気がしてきたのは、罰ゲームの申し訳無さ故だろう。
「…動かないでくださいね」
俺は、まず一番端にいるヤンキーの腕を掴むと引っ張る。一塊から一人目を救出すると、次から次へとヤンキーを塊から一人にしていく。ヤンキーたちは唖然とした顔をしたあと、バツ悪そうな顔をして俺を眺めていた。
ヤッカミで絡んで、俺が避けるからとはいえ助けてもらったのだからそうなるだろう。
無闇矢鱈に暴力を振るうだけのヤンキーではなかったのは俺にとって救いだ。
最後に、痛みで歯を食いしばって蹲るやつに尋ねる。
「動けますか?」
小さく頷くのが見えたが痛いらしい。
身をえぐるような怪我なら病院に行かなければならないが、ぱっと見た感じそうでもない。
俺は他のヤンキーの一人に財布を渡し、水とカットバンを買ってくてくれるように頼んだ。
後にして思えば財布を軽々しく渡すべきではなかったのだが、しっかり財布が中身ありで帰ってきたので結果オーライだ。
近くに薬局があったようで、大きなカットバンと水を買ってきてくれたヤンキーに礼をいい、俺は怪我をしたヤンキーを抑えてもらい、傷口を洗い、水気を街頭で配っていて貰ったままになっていたティッシュで拭くと、カットバンを適当に張った。
「あとはもっとちゃんと治療してくださいね」
始終敬語だったのは、急にタメ語を話すと理不尽にも怒られる可能性があったからだ。
安心させるためにニコリと笑って、大人しく頷いたヤンキーの頭を一撫でした。
この癖直せって言われてたな、そう思えば。
たまり場に行くと、そこにはあいつがいた。
首をひねっていると、後輩として可愛がっている野郎が走ってきた。
「久住さん久住さん!」
いやに嬉しそうに俺の名前を連呼する後輩は可愛いものだが、俺はそれよりあいつのことが気になっていた。
「なんであいついんだ?」
「…あ。俺、助けてもらって」
誰が誰を助けたって?尋ねようとしたときに、あいつが俺に気づいたらしい。軽くこちらに手を振ってくれた。俺は手を上げてそれに返事をすると、チラリと後輩を見る。
後輩はわずかながら赤くなり、ぼんやりとした表情であいつをみた。
おい、コレは惚れていないか?
あの天然たらし野郎、またたらしこんだのか?
俺の心は広くない。
だが、天然たらしがたらしこんだからとって、後輩に何か動きがなければ俺とてどうこうできない。
所詮罰ゲームで恋人になってもらっている立場なのだ。
しかし、こうも考えられる。
それでも恋人なのだから、いったい何が起こったのかということくらいは聞いてもいいはずだ。
「ハツカ」
何処から木崎に漏れるか解らないために呼んだ名前は、ぎこちない。
近づきながら呼ぶと、あいつは首を傾げた。
「お前、何したんだ?」
「え、俺が何かした前提なんだ?」
「お前が何かしない限り、こうはならねぇよ」
後輩をチラリと横目で見る。
やたらあいつをチラチラと気にしている。俺の恋人って知っていても、というより忘れているのだろう。
それくらい直接的な何かを見せつけたことがない。
少しくらい恋人らしいことをして見せつけても罰ゲームの範疇ではないだろうか。
「そう?ちょっと応急処置しただけなんだけど」
そのちょっとがお前の場合はひとつふたつ手数が多いんだよと、心の中で毒づきながら、俺はあいつに…一瀬に手を伸ばす。
腕を掴むと、その手を緩め、腕を伝い反対側の肩まで手をまわし、引き寄せる。
一瞬何処に何をするか迷ったが、俺は一瀬の唇に軽くキスをした。
耳元に顔を寄せ小さく呟く。
「初じゃねぇよな?」
「ああ、うん」
呆気にとられながらも頷いた一瀬に内心舌打ちした。
俺が初めてならよかったのに。
挨拶程度のキスでも、だ。
「罰ゲームの一環だ」
付け足すと納得したらしい。
納得されたことが悔しいのか、あっさりしているのが悔しいのか…罰ゲームを早く終わらせたくなった。