人間って意外と単純にできている。
相原にキスをされたのは、数日前だ。
たった数日前の出来事だ。
いつもどおり席に座って外を見ながら、俺はため息をつく。
「加瀬、人の気持ちってそんなすぐかわるもんかな」
「どれくらいで?」
携帯の画面を指で流しながら、加瀬はまったく興味なさそうに俺の話を促す。
「数日」
「もっと詳しく」
「一週間未満」
「変わるんじゃねぇの?」
次々と流れていく画像は見ているのかいないのか。
ある画像を見つけると、加瀬は自慢げに俺に見せつける。
「みよ、ここ一番の大物」
加瀬の趣味は釣りだ。
魚拓をとって満足げに写真をとっている加瀬の姿が目に浮かぶような、半紙の上の墨の魚。
「魚拓とって写真もとるのか」
「魚拓は持ち歩くもんじゃない。でも、携帯の写真は持ち歩いて自慢したり、時々みてニヤニヤするもんだ」
そんなものなのだろうか。
俺は特に何かにこだわった覚えがないために、その気持ちがよくわからない。
携帯も持ってはいるが、写真をとるくせはないし、もっぱら兄や友人が送ってくる画像を見る以外に画像を携帯で見る習慣もない。
「そんなもんか」
「ハァ?そんなもんだよ。魚拓とかじゃおまえ実感ないだろうけど、いい風景とかおもしろ画像とか好きな子の写真とか」
考えてみる。
写真をとる習慣はないので、風景らしい風景を見ることはない。
好きな子がいたときは携帯をまだ持っていなかった。
今好きな子がいるかと言われたら、すこし悩むところはあるのだが。
「そうだ、好きな子だよ。気持ちが変わるとして、急に普通に思ってた人のこと気になったりする?」
「え?何、春なわけ?」
「さぁ…そこはよくわからないけど、ちょっとびっくりしてるだけかもしれないし」
びっくりして数日たっているのなら、そのびっくりは有効ではないかもしれない。
相原たちがよく集まるたまり場に行ったとき、俺は相原にキスをされた。
海外の人間がするような軽いキスだったのだが、口にキスをするのは一度も海外にいったことのない日本人としては、挨拶と思い難い。
罰ゲームの一環だといわれても、少し意識するものがある。
初めてではない。
しかし、男にされるのは初めてで、いくら昔も罰ゲームで付き合ったことがあるとはいえ、そういう性癖ではないはずの俺が、この抵抗感のなさが不思議でならない。
その上、悪くないなぁと思っている自分がいる。
悪くないとは、それは男もいけるんじゃないだろうかということなのか、それとも相原が特別だということなのか。
少し判別がつかない。
「でも、加瀬とはキスしようとも思えないしな…」
「おい、なんか聞いてはいけないことを聞いた気が」
「タイプの問題かな…」
「おい、無視すんな。色んな意味で怖い」
「くずみーん、キスしたんだってぇ?」
楽しそうに笑いながら話しかけてくるミソカを無視する。
今日は俺もそうなのが、ミソカも学校があったはずだ。
「俺みとったよーミソカさん。すんごい一瞬だったわー」
「へー」
木崎も学校があるはずだった。
もちろん二人ともサボりだ。
俺も、だが。
「恋人ごっことしては普通だろ」
恋人ごっこと自分で言いながら、どうして本当の恋人ではないのだろうと、少し不機嫌になる。
「んー…そやねぇ…」
木崎はニヤニヤするし、ミソカもつられたようにニヤニヤするし、更に機嫌は悪くなる。
だいたい一瀬も悪い。
何故、平気な顔をしている。
それが当然のことなのか、それとも俺のキスはどうでもいいのか。そうだろうな、どうでもいいんだろうな。
非常に腹立たしい。
思わず数日顔を合わせないようにしてしまうくらい腹立たしい。
「いやぁ…俺は脈ありだと思ってるんだけどねぇ」
「そなんすか?」
「ハッツーって、許容範囲がすんごーい広いんだけど、身持ちは固いほうだしねー。あと、タラシだから、キス一つでこんな反応されたら、普通に綺麗なフォロー入れてくれるよぉー」
ああ本当にイライラする。
「クソッ…」
「あれ?くずみん聞いてないけい?」
「考え事が深いとああなるんですわー」