「なかなか面白かった」
とは、人間の姿になったラクリゼア家当主イーディアスの言葉だ。
そう、俺が会いたいと思っていたはずの竜が、戦っていた相手だった。
「で、だ。私に何か用なのか?」
「…インネメレスって、知ってる?」
俺の問いに、イーディアスは笑った。犬歯が少し人より長いようだ。口をあけて笑ってくれたため、よく解る。
「ああ、よく知っている」
「その、インネメレスの使っていた本を使って…」
「…妻の本?」
イーディアスが首を傾げた。
会いたかった竜には、妻がいました。
恋をしていたわけではないが、それに近い憧憬があったことは否めない。男だということは別に今更気にならない。文面からしても、名前からしても男っぽかったし、それなりに、アレ?やばい?と思っていたときもあったし。でも、すでに種族が違いすぎてるから、まぁ、いっかと楽天的に思っていたのに、妻の出現にいきなり失恋したような気分で、俺はその言葉を繰り返す。
妻の本……インネメレスの、本?
妻、イコール、インネメレス?
俺も首を傾げてしまった。
「…短文の交換をリアルタイムでする本…、なんだけど」
「ああ、あの交換日記か!」
交換、日記だったんだ、あれ…。
本には所有者の名前が刻まれているんだけれど、名前を変えることはできないらしく、何度も試みたけれどダメで、俺は仕方なくインネメレスという名前でイーディアスと交信していた。
「懐かしい。妻とはあの交換日記でであって…」
それからイーディアスの長い話をまとめると、魔法世界で一時はやったその本は、ランダムに一人相手を選ぶ交換日記で、一度交換日記を始めると決まった名前、決まった本としか交換日記ができないということで廃れたものらしい。
イーディアスはそれで、偶然にも同種族であったインネメレスと、運命的に出会って運命的に結婚して、幸せな家庭を築いたという話。
黙って様子を眺めていた三人の友人もうんざりするほど、嫁さんにデレデレなイーディアスは、語りたいことを語ると、俺に親近感をもったのか、こう言った。
「今は、その本、息子がもっているはずだ。俺と妻の記憶を呼び出す魔法さえ使えれば読めるからといって、俺が渡したんだが、一度も読んでくれたことがなくて…」
「いや、このちょっとの間で解ったよ。読まないよー。俺が息子でもよまないよーそれは、ちょっとかなり、よみたいと思えないよー」
「それにしても、あいつ、あの本をどこかに置いておいたんだな。息子のロマンスのためかな…しかし、息子の相手が人間で、雄なら…ロマンスは無理だろうか…いや、更なるロマンスなのか?性別も種族も超えて」
「とんでもなく柔軟だなぁ。息子さん、顔も知らない男とくっつけられようとしているうえに、ホモ竜にされようとしてるとか…」
そうして、ちゃっかり息子さんが俺のチャット相手だということに気がついた。
息子さんがイーディアスの本を持っているというのなら、そうである可能性が強い。
「で、その可哀想な息子さんの名前は?」
「それを教えたら、ロマンスが磨り減るじゃないか」
イーディアスのロマンス論はいいから、俺は息子さんの名前を知りたい。
もし、俺と同年代くらいのつもりでいる竜ならば、ひとつ、心当たりがある。
「…ヒューイットとかいったり、しない?」
「おや、もう出会ってるのか?」
ドンピシャだったようだ。
声だけしか聞いたことがないが、かっこいい声だったと思う。かっこいいというか、いい声というか。
弟の要領を得ない話によると、ヤンキー面のイケメンらしい。
ヤンキーのくせにイケメンとは…それはもてるのかもてないのか。そんなことを思いつつ、ちょっと運命というやつを信じてもいいかなぁと、俺は思う。
「会ったことはないけど、弟の友人なんだってー」
「ちょっとまて、竜の知り合いってだけでも初耳なのに、弟までいやがるのか」
大人しくきいていたアークが俺の肩をつかんで何回か揺さぶってきた。
「アークアーク、クールダウンクールダウン。俺もちょっと驚いたけど、みったんが秘密主義なのは今に始まったことじゃないじゃない」
「どうせ、聞かれなかったから。とかいうんだろ、ミヒロは」
友人たちが俺を理解しているようで嬉しい限りです。いやぁ、友人に恵まれたなぁ。
「はは、仲がいいんだな」
イーディアスは若い外見にもかかわらず、日和見しているおじいさんみたいだな、となんとなく思った。
「そうそう、ゴールデンウィークで里帰りしてるんだが、それなら会ってみるか?」
「それは、ちょっと…会ってみたいかもー」
実は実技試験中なんだけどねぇ…。
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