何で此処に兄がいるんだろうって思う前に、兄に跪いて、兄の手をとった挙げ句、その手の甲にキスしたヒューにびっくりした。
ヒューのお父さんに連れてこられた兄を見た瞬間に、ヒューが目を見開いて一瞬動きを止めたかと思うと、直ぐ様走っていって、お父さんが何か説明する前にそれだった。
さすがの兄も唖然とした顔して、ヒューを見つめたあと、手の甲から黒い緑色がのびていくのを見て、何か思い当たったらしい。必死に逃げようとしたが、ヒューの力は強かった。兄の手を離さなかった。
「ちょ、あの時の…!なんなの?今日はなんなの?これちょっと、くそ食らえだろ、オイ!」
久々に兄の素の言葉を聞いた俺は、兄がそんなにあわてるほどの事態という奴に興味を持った。
「あーにきー」
手を振ると兄がこっちをむいて、助けを求めてきた。けれど俺が答えてほしいことには答えてくれそうにない。
それならば当事者のヒトリであるヒューにきくしかない。
「ヒュー、兄貴に何してんの?」
「あー?契約ー」
商社マンが取れた取れなかったと一喜一憂し、営業成績に多大なる影響を与える…という契約とは、たぶん違うものだ。
魔法的な契約で代表的なものといえば、使い魔契約だ。
ヒューは竜なんだし、使い魔になっても…めずらしいけど、なくはないんじゃないかと思う。
けれど、兄のあの嫌がり様は尋常ではない。
「何の契約?」
「当てはまる名称がねぇけど…そうだな、強いて言うなら守護契約にちけぇな」
守護契約はその名の通り、契約した相手を守護する契約だ。
「俺はこいつにカリを返すまで付き纏う。カリを返したあとは契約解消となる」
「割と普通じゃん。兄貴に何の文句があるの?」
俺が首を傾げると兄が手を捕まれたまま、心底いやそうに答えてくれた。
「守護契約に近いって言われただろうが、守護契約の基本」
「えぇと…守護契約は守護する者から対価をもらうもの…の、対価はカリで…守護契約は一方的に従うものではないとし、対価外の存在維持行為は…うん?」
受験用に頭のなかにたたき込んだ教科書の内容を思い出しながら俺は再び首を傾げる。
守護する側は動物であったり精霊であったりと、それはもう様々だけれど、守護するかぎりはほぼ付きっきりだ。存在を維持するための何らかの行為が不可能となったりする。狩りであったり、自然のなかの何かの補給であったりとこれも様々だ。
守護契約中はそれを契約主が与えることになっていて…つまり、食事や住居は保障する…寮食付き社員寮がある会社に就職するような感覚かもしれない。
守護契約の対価も要は給料みたいなものなのだから、ほぼ、それに近い。または、永久就職ともいわれている。そう、結婚だ。
「……えーっと…おめでとう」
それに思い至った俺は思わず兄に祝辞を述べた。
「…面倒なんか見れるわけ…つか、カリとか…」
「大丈夫だ自分のことは自分でする」
兄はしばらくヒューを眺めて、大きくため息を吐いた。
「はやく返してもらおう」
それは正しい判断だね、兄ちゃん。
とまぁ、兄に驚いていたわけだけども。
世間は黄金週間!魔法の世界も何を思ったか黄金週間を取り入れたため、俺の学校も黄金週間真っ盛り。
ヒューが実家に招待してくれるというからお邪魔しようと、ノコノコついていき、実家に帰ってもいないのに、兄に出会った。
兄は相変わらず元気だけど、ご機嫌なヒューの隣でため息ついてる。幸せ逃げるよ、兄ちゃん。
とりあえず兄が落ち着いたあと、兄の友人が三人、これがミヒロの弟か。と物珍しそうに俺を見物しにきてくれた。
兄の友人は、兄に負けず劣らず濃いような気がする。
皆、俺を見て似なくてよかったなとケタケタ笑っていた。一応自慢の兄なんだけどなぁ。
「ユキが懐かしいのも当たり前だな。ミヒロの弟なら」
と納得しているヒューは、兄がガックリしている横でヒューのお父さんに兄の説明を受けたらしい。なんか、ちらっと聞こえた話によると、兄とヒューは交換日記をしていて、ヒューのお父さんいわく運命の赤い糸でなんとかなんとか云々かんぬん…。赤い糸って聞いた瞬間に、ヒューが思い切り舌打ちしていた。実は兄も軽くしていたのだけど、ヒューの舌打ちが大きくて聞こえなかった。
仲いいのか悪いのかよく解らない。
それならばと、俺は魔法使いっぽくヒューのお父さんの言葉を解釈する。
「じゃあ、星の巡りあわせで」
兄が魔法でスニーカーに小石をいれてきた。兄はこういう細かい嫌がらせが得意である。
「あくまで運命論かよ」
ヒューが嫌そうにはき捨てた。
じゃ、運命論じゃなきゃいいわけかい?
「あの子いじられるタイプだよなぁ」
ほっといて!