暫定守護者の印


先程手を振ったはずの弟と再び出会って、俺は首を傾げる。
「弟に良く似た生物が森に生息しているとは…」
「いやいや、それ、俺だから。本人だから」
「いやぁ…言動までそっくりだよ」
とぼけていたら、弟が嘘泣きしながら男前の…さっきは居なかった人物に抱きついていた。
弟の話によく出てくる男前で、兄貴といいたい人、リゼルさんというのは、きっとその人のことなのだろう。勝手に納得して、どうしてばったり会うようなことになっているのか尋ねようとした俺に、ヒューイットくんが答えてくれた。
「騎乗演習の真似事をしようという話になって」
「あ、それ俺しなきゃならないから、混ぜて欲しい」
俺が嬉々とした顔をすると、ヒューイットくんが微妙な顔をした。
「なんで、お前にそのカリキュラムが必要なんだ?俺がいるだろうが」
竜が人を背中に乗せたがらない話は有名ではない。
竜騎士の人たちを乗せている竜たちは、自分の騎士しかその背にのせはしないが、そこは竜騎士に対する特別扱いで世間一般には通っている。
だが、俺は竜と交換日記をしていたわけで、竜が人を背中にのせるなどもってのほかだということを知っている。そして、それを教えてくれた本人が、他の生物に騎乗することを拒むというのはどういうことだ。
「じゃあ、俺をその背中にのせてくれるって?」
「ミヒロなら…いや、無理だな、吐き気がする」
いくら恩人でも無理だ。と顔を歪めた。
「でしょ、なら、無理じゃん。ほらほら。俺、欠点は取りたくないしね」
「…だが、俺は気に食わないんだが」
守護契約を嫌々とはいえ、結んだ相手にだよ。
気に食わない程度で、ハイハイ分かりました。この授業の単位は落とします。なんていう主人がいるのですか。いるかもしれないけど、それは俺じゃ有り得ない。
「そ」
俺は肩を下ろすだけ。
ぶわって殺気が広がったけど、脅す程度。
俺は無視をして、友人たちの反応を見ようとした。
友人たち、というよりも、相棒のユスキラにも弟の学校との交流があったらしい。
「…リゼル・グランセル?」
「ん?…ユスキラ・トトオリ…?」
俺の予測通り、弟が豪快に抱きついた男前はリゼルさんらしい。
「あ、えとー…久しぶり?」
「え、ああ…」
雰囲気はいいとも悪いともいわないけど、喜ばしい再会といった感じではない。
「え、リゼルさん知り合い?」
弟がリゼルさんから離れながら尋ねてくれた。
リゼルさんは、一度頷き、ちょっと呆然としているユスキラにニヤリとした笑みを向けた。
「あれから調子は?」
「………確かめてみる?」
ユスキラは瞬きをしたあとに、不敵な笑みを浮かべ、腰に下げていた剣帯から剣を抜いた。
「いやいや、ユスキラもミヒロも試験。そろそろ遅れ取り返さないと、休み遠のくぞ」
もっともな事をローエルが言った。
つうか、俺も一緒にされてるのは、ちょっと心外というか。いや、先に試験を無視したのは俺だけど。
「…あ、リゼル・グランセルか!去年の剣技大会でユスキラを完膚なきまでに叩きのめした」
アークもこんな時に思い出さなくてもいいのに。いらないことを思い出すから、ユスキラが殺気立つ。
「そう。だから、ここで去年の俺の仇討したって、いいじゃんねー?」
「いや、よくないだろ。後でしろよ。俺だって休みたいんだから」
妙に素直なローエルがユスキラを止める。
それもそうだ。俺とユスキラが茶化して遊んでフラフラしてるのを突っ込むことはできても、振り回されて、乗せられて、ついていってしまうアークでは頼りなくて、結局、ローエルが俺たちをまとめることになる。
それは疲れるだろう。
「リゼルも煽るのはやめてくれないか?」
言い方からして、ローエルもリゼルさんの知り合いらしい。
剣技大会とか言ってたし、ローエルが参加しててもおかしくない。その上、弟の話ではリゼルさんは騎士位を持っているというし、騎士の家で育ったというローエルが知り合いであっても、やはりおかしくない。
「…残念」
わざとらしく肩を下げたあと、リゼルさんは笑みを変える。悪意が一切ない、古くからの友人に微笑みかけるような、それをユスキラに向けた。
「…元気そうでなにより」
ユスキラはしぶしぶ剣帯に剣を戻しながら、その言葉に苦笑した。
「元気なもんか。もー…休みもぎとって、とっちめてやるー」
一発触発の雰囲気まで出していたのに、その様子をみると二人は仲がいいように思えた。
「と、いうわけだから、早く乗せてくれる子、捕まえて、みったん」
「うーんー…お答えしたいんだけどー…なんっか、獣がよってこないんだよね、俺がいると」
実は、乗せてくれる獣を持っていないのは俺だけだ。
何故なら、俺は魔法科からの転科で、一年次に受けるはずだった騎乗演習とその試験を受けていないのだ。
今回の試験は、俺のために他の三人が受けさせられているといってもいい。
騎乗に関する試験ではないのだが、騎乗して試験に臨まねばならないのだ。
俺さえいなければさっさと終わっていた試験。と言ってもいいくらい、この三人には余裕な試験なのだ。
「だから、俺がいるだろうが」
「だから、無理ならダメだって言ってるでしょうが」
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