ヒューイットくんに出会ったのは、魔法について調べている時だった。
偶然にも偶然が重なり、俺は魔法世界と場所を共用している図書館を多用していた。
そこは近所では一番大きな図書館。色々な人が出入りしていて、この図書館で、弟も俺もこの図書館の本を借りて育った。
今にして思えば、この図書館があったから弟は魔法使いなどという、俺たちの世界では非現実的で、有り得ない、子供の頃に捨ててしまうだろう夢を持ち続けることになったのだろうと思う。
一緒に絵本を読んだ仲だというのに、俺は魔法使いという存在を信じなかったのは、たぶん、図書館で魔法使いに会う機会が多かったからだ。
弟よりもひと足先に遠くに行くための自転車という道具を乗りこなせるようになっていた俺は、そのでかい図書館に行く機会も弟より多かったのだ。
図書館の近くにあるアスレチックがその辺の子供たちの遊び場だったから、という理由からなのだが。
だが、弟よりも魔法使いに会う機会が多かったのだから、本来は俺の方が魔法使いを信じてしかるべきだろう。どうして、その存在を信じなかったのか。
理由は簡単だ。
俺たちの世界の人間に、魔法使いだとばれることは魔法世界の人間にとって都合の悪いことであるからだ。
だから、魔法使いたちは、こちらの世界にくるときに、ひとつの魔法…というよりも、暗示を身につける。
魔法使いなどというものは、この世界にはいないのだ。というものだ。
その暗示は、サブリミナル効果のようなもので、魔法使いに会うたびに俺たちは魔法使いなどという不可思議で、非現実的な存在はいないのだ。と刷り込まれる。
俺は、それを弟よりも多く刷り込まれていた。
それなのに、弟のために魔法を立証しようとしたのは、単純に、俺が悔しかったからだ。
泣いて家に帰ってくる弟が、それをどうにかできない俺が。
魔法を否定することは容易い。
何故ならこの世界には、魔法世界で言うところのイメージして遂行する『魔法』というものは存在しないからだ。
俺は信じていなかった。けれど、どんな形でもいい。たとえば歴史に埋もれたものでも、薬学でも、数学の形をした科学的実験でも、なんでもいい。もしも、それが存在し、わかり易い形で魔法といえたのなら、俺は魔法というものを行使したということになる。
弟の周囲の人間にそれを教えたかったわけじゃない。
弟に魔法はあるってことを教えたかっただけなのだから、それでいい。
たとえそれが、どの人間が見ても魔法でなくても、弟に対し有効ならそれでよかったのだ。
魔法世界ではなく、俺たちの世界にある魔法は、そう言った類の魔法が主流だと、照れくさい話、俺は思ってた。
そんな、現存していなくてもよかった俺ではあったが、まさかの当たりを引き当ててしまった。
それが、ヒューイットくんとの出会いを引き寄せた。
ヒューイットくんは当時、弟よりも小さな子供の姿をしていた。
今こそ目つきが悪くて、ヤンキーフェイスに成長してしまって、その面影を残していないヒューイットくんなのだが、その頃は驚くほどの美少年だった。大きな本を一生懸命抱える姿というのは大人の庇護欲を誘っただろうし、いけない考えを出す大人だってきっと多かったに違いない。
そんな美少年も俺の通っていた図書館にはよく姿を現していて、俺と顔見知り程度には知り合いだった。
二人とも子供だというのに、一人で図書館に居たことが珍しかったから、よく目についた。というだけの話なのだが。
ある日、その美少年は珍しく大人と一緒だった。
手を引っ張られ、迷惑そうにしていて、俺は、それに声をかけた。
「一緒に、遊ぶんだろ。何やってんだよ」
その大人は大きく舌打ちした。
そして、何事かつぶやくとそこは、『魔法世界』となった。
俺は同じ場所であるのに、なんとなく違うその場所で、唸る美少年の手を持つ大人を見た。
これも完璧に感覚なのだが、気持ち悪いと思った。
俺は美少年の手をとると、美少年を引っ張った。
「ほら、早く」
「邪魔しないでくれませんかねぇ、おぼっちゃん」
大人は、魔法世界の人間だった。
美少年を…ヒューイットくんを狩るためにやってきた、ハンターだった。
「邪魔なのはおっさんだろ。なぁ、お前もなんか言ってやれよ」
「……」
ヒューイットくんは竜だ。
俺たちの世界に多大な影響を与えることができる。
だから、弱い力しかもたない人間の子供、しかも、言葉まで奪われて、図書館に居た。
それは、竜と人との誓約で、絶対的な力をもっていた。
それを知っているからこそ、ハンターは俺たちの世界に来たヒューイットくんを狙ったのだ。
「おや、おぼっちゃん、ボロがでたねぇ…。その子は喋れないんだよ」
『魔法世界』へと変化しているとはいえ、それは男が作り出した『場』だ。厳密に言えば俺たちの世界なのである。ヒューイットくんは完璧に誓約の檻の中だ。
無力な子供二人では、竜を狩るような大人に勝てない。
そのはずだった。
だが、俺は、無力な子供ではなかった。
『魔法』という当たりを引き当てた、子供だった。