兄がヒューをつれて試験に行ってしまったけれど、俺は騎乗演習の説明をクラウと一緒にリゼルさんからうけていた。
「あ、そっか。使い魔契約みたいなものか」
「あれより限定されるがな」
リゼルさんの簡単な説明によると、獣と交渉して契約し、背中に乗せてもらう。それだけのことらしい。
騎士や戦士の魔法を使わない人たちは、背に乗せてくれそうな獣を探すことから始まるらしいが、俺やクラウは魔法使いだ。
魔法で、その獣を呼び出すことができる。
これは使い魔契約といっしょで、自分に一番合った獣を召喚することになるのだが、召喚した獣が必ずしも契約してくれるとは限らない。
それに召喚すると、契約できる可能性はあがるが、自分自身の今の実力以上のものとの契約は見込めない。
実力以上のものと契約しても持て余すだけになることも多いが、無理矢理契約したのでなければ、大抵、心強い味方になってもらえる。
「で、今回はせっかく森にいるから召喚せずに探す…つもりだったんだが」
リゼルさんの言葉をさえぎるように、爆発音が響く。
「…これは、無理そうだな」
先程からドカンドカンとド派手に爆発音をさせている方向を見る。
兄がむかっていった先だった。
「兄貴たち何やってんだろ」
「さすがにこれは、森の人たちにご迷惑では…」
クラウと戦々恐々していたが、リゼルさんは相変わらず苦笑するばかりだ。
「演習ってことは、話はついて……」
不意に、リゼルさんが言葉を止めた。
爆発音がこちらに近づいてくる。
その音がする方向を見たまま、リゼルさんの表情がじわりと変わった。
「来る」
何が?と尋ねる前に、リゼルさんが短く叫んだ。
「散れッ」
俺もクラウも魔法使い系であって、運動ができるわけではない。
それなりに運動能力は求められるが、あくまでそれなり。リゼルさんのような近接戦闘ができるほどではない。
反応しきれなかった俺たちにリゼルさんの舌打ちがとんだ。いや、普通に柄わるいよリゼルさん。
リゼルさんはとりあえずクラウをひっつかみ、俺を蹴り飛ばして、俺たちをその場から解散させた。
するとはかったように、そこに黒い固まりが落ち、光る。
「地壁ッ」
略式詠唱破棄しちゃったせいでうまいこと発動しなかったけれど、なんとか俺を隠す程度の土の壁が出来上がる。
蹴飛ばされただけあって寝転がってたのも良かった。
向こうも同じように防御魔法を使ったようで、魔法発動の気配がある。
爆音や光、火の気になぶられ、壁に何かの破片が叩きつけられる。
光や火が眩しくなくなったなと思う前に、俺が作った壁のうえに着地し、変わった形の…曲刀というものだろうか。薄い刃の刀を下方から上方へ、右斜め後ろに。
兄の友人のユスキラさんだ。
ユスキラさんが曲刀を振るうと、何かが二つに切れて落ちる。
爆発はしないが、いやに生ぬるい液体が降り注ぐ。
「やー悪い悪い弟くん」
悪いなんて全然思ってないだろうその人が切ったものが落ちた場所を見る。
何かの植物のようだ。
「悪いなんて思ってないだろうおまえ」
続いて俺の近くに落ちてきたその人は、やっぱり兄の友人のアークさんで、どこか遠くを見ながら矢をつがえる。
「こっちには来ないようにしてたんだが、無理だった。あいつらの狙いがあまりにも…」
事情を説明しようとしてくれてるのか、謝罪しようとしているのか。どちらにせよ半端な感じになっていることに、俺は首を傾げる。
立ち上がり壁からリゼルさんとクラウがいるだろう方向を見てみると、そこには兄と兄の友人最後の一人ローエルさんが加わっていた。
「せっかく巻き込んじゃったし、弟くんも手伝ってくれないかなぁ」
「…え?」
そう思えばヒューがいないけど、ヒューはどうしたんだろう。
姿の見えないヒューに疑問を抱きつつ、俺は違うことにツッコミをいれた。
「演習なら他校の生徒を巻き込むのも、その生徒が手伝うのもダメじゃないですか?」
至極まっとうなことをいったつもりなんだが、アークさんもユスキラさんも、ゆるく首を振った。
「ただの演習なら、こんなことにはなってないよ」
「巻き込んだのも『せっかく』とかこいつが言いやがったが、故意ってわけじゃねぇし、巻き込むつもりもなかったし」
アークさんがつがえた矢を放ち、略式詠唱を呟く。
「飛べ、切り裂け、貫け。フレアアロー」
ほぼ同時にいくつか、少し時間をずらしていくつか、炎の矢がいくつも連なって飛んでいくのが見える。
名前はそのままかと思いきや、フレアアローは炎の矢を一つ飛ばすだけの攻撃魔法だ。この複数の矢はフレアダンシングアローだ。ちょっとしたひっかけのような使い方である。
「森の中で火はまずくないですか?」
「放ったあたりはもうすでに大火事になってるから」
もしかしたら火事を広げる結果になるかもしれないではないか。そんなことを思いながらも、二人に話の続きを促す。
「…それで、ただの演習じゃないこれは一体なんなんですか?」
「最初はね、楽勝な演習だったんだよねー…。騎乗した状態での戦闘、もしくは契約獣を使った戦闘。それを行い、勝利すること。これは間違いなくクリアしたんだよ。相手は今回の演習担当教官。この演習のためだけにレベルを下げてる教官に勝つことは容易いことだったんだけど、その後がいただけなかったね」
ユスキラさんは、早口めにそう言うと先程切って落とした何かの植物を睨みつける。
「この植物、何か知ってる?」
「…俺、兄貴と違って、頭、あんまりよくないんで…」
「あれは、ちょっと異常だと思うんだよね、俺からしたら」
兄ちゃん異常とか言われてるよ。一番親しそうにしてた人に。
「実技が全てじゃねぇけどなぁ…あれはなぁ…」
「やる気がないんだもんねぇ。今回も、危機察知は一番早かったよね。しかもヒューイットくんを囮にするという、酷い契約主っぷりを見せつけてくれたしね」
「あいつらからすると、超レア引き当てたみたいなもんだけど、ひどすぎる」
兄が非難されてるけど、非難してるわりに、そうするのが一番だったってのを解ってるような顔してる。けど、ちょっとやっぱり納得いかないみたいな。
「あいつらって?」
「……ハンターだよ」