触手引っぱられてやってきたそこにいたのは、驚くほど大きな植物だった。
口っぽい裂け目からネバネバした液体を吐き散らしながら俺に向かって威嚇なのか、なんなのか、奇妙な鳴き声のようなものをあげている。
「うわー萎え萎え」
「ユッキーも萎え萎え」
俺を引っ張る植物の触手に座って仲良く『萎え萎え』を繰り返してくれた友人は楽しそうに鼻歌を奏でた。
「今からみったんはそれに食べられにいくんでしょ?」
まったくたまったものではないが、一旦口に入れてもらったほうが核は壊しやすい。
「なえなえー」
「あっは、ざっまぁ」
友人…ユスキラはそういうと、身軽に触手から飛び降りながら俺に絡みついている触手意外を剣で刈る。
「じゃ、俺はクラウくんとやらにお知らせしてくればいいのね?」
「おねがいシマース」
「ウィーっす」
身軽に走るというより飛んでいくユスキラは、恐らく俺の知り合いの中では一番早い。今か今かと出番を待ってるクラウくんに俺の位置を教えるのはユスキラが一番いいにちがいない。
ユスキラと交代するようにしてやってきたローエルとリゼルさん。本当に交代要員として触手と戦ってもらうわけだが、いざという時に植物から俺を引っ張り出してもらう役目も押し付けてある。
俺はというといよいよ植物に飲み込まれそうになっていて、これを見た日には、あいつ叫ぶだろうなぁ。と、俺がさらわれそうになった時に『兄ちゃん!』といった弟を思い出す。
素直で各方面からいじられ、ちょっとひねちゃったけど、それでもなんというかまっすぐな人間に育った弟は、この頼りがいがあまりない兄に非常になついている。
それが可愛くもあり、少し鬱陶しく、また、少々、いや、多分に、内心色々面白くない兄としては目障りだった。
可愛さ余って憎さ百倍だったのかもしれないし、俺が気にしすぎていたのかもしれないが、俺は弟を気にするあまり次第に弟とか自分自身とか関係なく何かに腹を立て始めた。
その結果、うっかり中学卒業まえに弾ける。
死ぬ前には走馬灯がめぐるなんて言うけれど、毛頭死ぬ気のない俺がいまこうして、ちょっと前のことを考えるのはそれに似たようなものなのだろうか。
「腹立たしいったらねぇわ」
目の前が暗くなる。
どうやら植物にうまいこと食べられたらしい。
えらく不愉快な水気が身体にまとわりついてくる感触で生ぬるいその場所に浸かりながら、俺は手に持っていた戦斧を刺すように前方に動かす。
人間一人が何かをするには狭すぎるそれは、まるで寝袋の中に入ったような感じだった。
寝袋ならもう少し心地よかっただろう。
シャワーを今すぐ浴びたい。なんだか酸っぱい匂いがするのも非常にいただけないし、ゆっくりじわじわと肌を損ねる液体のせいで不愉快だし、水を掻くというより、なんか肉っぽい柔らかなものの中をひたすら平泳ぎしてるような感触も早く忘れたい。
「声、は、なんとか…出るか…」
つぶやいたあと俺は、呪文を詠唱する。
俺の使える最大火力の魔法は、一つも呪文を省略できない。
外の音はまったく聞こえてこないこの植物の中、遅くなったら怒られるんだろうなぁと思って、俺は笑った。こんなんだから、友人にザマァとか言われるんだろう。
呪文を唱えながら、俺は適当すぎる作戦を反芻する。
クラウくんに頼んでおいたのは、俺の最大出力で出した火の消化だ。
俺が食べられた場所あたりは火の手が上がってひどいことになっているのだが、俺がそれをさらにひどい状態にするので、それを速やかに消火してもらうためだ。
クラウくんが咄嗟にはった結界は水系の結界であったし、水系の魔法はお得意だろうと踏んでのことだ。
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