黄金週間の楽しい思い出を胸に、親衛隊を作り隊に追われ、逃げ隠れするうちに授業で早くも野外演習をする時期がやってきた。
俺がいた世界だと六月である今の時期は、魔法世界はからっと晴れていて、すでに季節は夏本番となっていた。
だからといってこの学園の魔法科で、暑いだるいと言ってだれる生徒はひとりもいない。魔法があるからだ。
そよそよと吹く微風は風系の補助魔法。ほんのりと冷たさを孕むのは、地と水のあわせ技によるもので、水分を適度に飛ばしているのは火の補助魔法。
温度は適温より少し高めで、それを微風で涼しいと感じさせているのだ。
人は風の動きにより涼しさを感じているというのは本当らしい。
クーラーなんていう文明の利器が存在しない魔法世界では、避暑するか、魔法に頼るか、建物に工夫をこらすかしなければならず、騎士科にいたリゼルさんは、『毎日これか…快適だな』と呟いていた。
騎士科や戦士科の人間は、暑さ寒さも環境に柔軟な身体を鍛えるためには必要だという学園の方針から、夏は暑く冬は寒い環境で授業を受けるらしい。
冬は防具や武器が拷問並みの冷たさを持ち、夏は見たくもない野郎の半裸を見ざるを得ない環境だとうんざりと説明してくれた。
拷問だ。
そんな夏。野外演習が始まる。
薬草摘みだの、種族感交流、はたまた動物の観測…色々あるのだが、いつ危険があるか解らない。
それが魔法使いの対応できる速度でやってくるとは限らない。
そうして、一人の魔法使いに、一人の守り手がつく、騎士制度というやつができた。
だいたいうちの学園の魔法使いにはこれが必要で、ついていないと演習に出られない。
もちろん、例外も存在するのだが、例外はあくまで例外だ。
俺はその例外にあてはまらない。
故に騎士を選ばなければならなかったわけだ。
「あ、あの…騎士がいらっしゃらないなら!僕の、魔法使いになってください!」
黄金週間前から、俺に親衛隊を作り隊の隊長をしているその人は、かわいい人だった。
身長は俺より小さいし、こまこまと動くし、いつも一生懸命だし。要領とか悪そうな感じも可愛く見える人だった。
しかしながら、人というのは見かけによらないらしい。
「リトゥ・ラド・ウィーヴス。風紀副委員長をやっております!い、一応騎士位も持っている、騎士です!」
騎士位を持っている知り合いは、リゼルさんくらいしか知らず、俺は首を傾げる。
「えぇっと…」
「うぅ…お恥ずかしながら…リゼル委員長ほど、頼りにはならないかと、存じます…が…」
この学園の生徒会は、魔法科のトップ達なのだが、この学園の風紀委員会は、騎士・戦士科のトップ達である。
その風紀委員会の副委員長ともなれば素晴らしい成績を納めているにきまっている。
「嬉しい、けど…」
外見がどうも邪魔をする。
「あ、あの!もし、僕じゃ、頼り…ないのなら…エイドに頼んで…みますので…」
「エイド?」
「現風紀委員長です」
いや、それは恐れ多いっていうか、外見に騙されているが本当はリトゥさんに頼むのも恐れ多い。
「いや、その、風紀のツートップでは気がひけるから」
「そんな…!謙虚な方なんですね!素敵です…」
リトゥさんがうっとりとこちらを見てきた。
俺は助けを求めるように辺りを見渡したが、リトゥさんが教室に入ってきた辺りから、誰もこちらに近寄ろうなんてしなかった。
その時点でなんかやな予感くらい感じてもよかったはずなのに、のんびりしすぎた。
「いや、そうでなく…」
「わかりました!期待の新人に命令しますね!」
「いや、その…あー…うん、リトゥさんが嫌でなければ、リトゥさんがいい、です…」
命令しますね!という言葉に何だか風紀の上下関係を感じて背中が寒くなった。
思わずそんなことを言ってしまった俺はチキンなのかもしれない。
あとでリゼルさんにそんな話をすると、さらっと、『リトゥくらいなんとかしてやれたのに』といっていた。
風紀のヒエラルキーを垣間見た瞬間だった。
そんなわけでリトゥさんを騎士に持った俺なわけだが、その数時間後の今、かっこいいお兄さんに謝られている。
「本当に、うちのがすまん…」
寝不足を拗らせたような隈と顔色を持つお兄さんだった。高い背を丸め、今にも何かしそうな雰囲気が合った。
「エイドか。久しぶりだな」
なんて手を振ったリゼルさんによって、俺はそれがリトゥさんの言っていた風紀委員長であったことに気が付いた。
「本当に、悪ぃ…」
「あ、いえ、副委員長に騎士とかむしろ、やったー儲けたみたいなもんですし」
楽観的だけれど、よく考えたらそうである。
風紀委員長は顔をあげたあと、少しして首を傾げる。
「……迷惑じゃなかったか?」
「それ、正直に答えますけど、それは押し掛けられたりしたらウワァってなりますよ。でも考えてもみてくださいよ、こんなポッと出の新入生がですよ、何もしてないのにトップレベルの警備をもらったんですよ?普通ないですって、ほら、ラッキー!じゃないですか」
しばらく俺を不思議そうな目で見たあと、風紀委員長は破顔した。
笑い方が豪快だった。
「あぁ、まぁ、確かに、ラッキーかも知れないな」
またああやって、人を陥落させるんだなって、ヒューとリゼルさんがこそこそ話していた。
おい、そこ、聞こえてる。