「よ、思春期」
朝の挨拶にそう言ったら、ヒューが俺の繊細な頭に拳骨を落としてきた。
「なんだよ、その思春期ってのは」
「わかってなくて殴るとか、横暴」
「いや、なんとなくムカついた」
からかっているのだからムカつかれて当然なのだが、それにしてもヒューの拳骨は痛かった。
「リゼルさんに、部屋が変わった理由を聞いたら、思春期と似たようなもんだって」
ズバリと思春期と言っていたような気もしたが、ちょっとだけ言葉を濁すと、ヒューがしばらく視線をそらし、一つ息を落とした。
「当たらずしも、遠からず…か…?」
遠くを見ていたヒューは何故かいつもにない色気みたいなものがあったような気もするのだが、視線を戻したヒューは苦笑によく似た笑みを浮かべていた。
「落ち着いたら、そっち戻るし、俺の部屋とか勝手に見んじゃねぇよ」
「え、もう昨日のうちに入ってボリボリ菓子食って散らかしておいたんだけど」
冗談を言うと、ヒューが心底嫌そうな顔で俺を見てきた。
「…やるなよ…?」
クラウといい、ヒューといい俺のことをなんだと思っているのだろう。
そんな不法侵入はしないし、人の部屋を故意に散らかして楽しい気もしない。
「いや、冗談だし」
「そう願う」
「いや、しないから。しないからね?」
「そう願いたい」
「信用して!」
ヒューが一向に目を合わせてくれませんでした。
俺の信用度が知りたいところである。
「あ、そだ。ヒューは野外演習とかどうなってるの?」
ヒューはSランクだ。
俺のうける野外演習とはまた違うだろうと思って、ちょっと興味があったのだが、ヒューの答えは非常につまらなかった。
「ないな」
「ん?」
「野外演習はない」
「は?」
「Sクラスのウィザードは人数が少ないし、個々の研究に任せるといった感じで、座学の方も成績さえキープしておけばでなくていい」
「ひどい!何それ、格差!!」
「いや、格差じゃねぇだろ、それ」
俺とヒューの会話を静かに聞いていたリゼルさんが、的確なツッコミを投げてきた。
俺とヒューの思春期と部屋についての会話にはあえて混ざらず、聞き手に回っていたというのに、こんな時に限って会話に入ってくる。
「いや、だって、それって、ヒューは学園にいながらして、お昼間くっそ眠たいときはお昼寝オッケーってことでしょ?」
「確かにそうだが、そんなことをしたら夜眠れねぇだろ?」
「ヒューのくせに繊細なこと言いやがって!」
「とんだ八つ当たりだな…」
ヒューもリゼルさんも何故か呆れた顔で俺を見つめてきたが、俺だって眠たい午後の授業は教科書に隠れることなく、演習に立ったまま船をこぐことなく、ノートとってるふりすることなく、ごろんと寝転んで昼寝がしたい。
「時々サボってるなって思ってたけど、じゃあ、あれ、サボりじゃないってこと?」
「そうだな。あれはサボりじゃねぇな」
「く、悔しく…なんか、くや、悔しいです!」
「ユキは本当に退屈させねぇな…」
リゼルさんにその言葉の真意を聞きたいところだ。
聞いても『残念だな』って目で見られるだけなのはわかってる。
俺の方こそ残念だよ。
「その割には授業とか出やがって!なんだ、下民を憐れんでるのか…!」
「うがった見方すぎる発言だな…本気じゃないのはわかってるがな…」
「ちょっとだけ本気ですけどね!」
真意とか聞かなくても二人に『残念だな』って目で見られてしまった。
大変遺憾です。