風紀に用意された部屋は、ファミリータイプのマンションがやたら豪華に無駄な広さを揃えたようなものだった。
その部屋の一室にヒューイットくん、もう一室に俺がいる。
俺はいつもの姿で、ため息をつく。
正直、この依頼には色々無理がある。
すっかりあざやら傷だらけになった身体をベッドまで運ぶ気力もなく、ドアにもたれかかり身体の力を抜く。
座っていられるのならまだマシだ。地面に無事座れたと思ったら、身体が横に傾ぐ。
おいおい、大丈夫か俺。若いだろ俺。
そんなことを考えられるのだから、まだ余裕があるのかとも思う。
ヒューイットくんが最も大変だった期間の最後に、俺がヒューイットくんの父に依頼されたことはバレてしまった。しかし、その詳細は結局ヒューイットくんに知られぬままだ。
ヒューイットくんは大胆にも、父親から直接ききだしたらしい。フラフラと学園を俺の姿で歩いていたあの時、連絡をとりにいったらしいのだ。しかし、あの父親も竜のくせにえらく狸だ。真相…というより深い理由はおしえてなどいないのだろう。
俺はこの依頼を受ける前に、ヒューイットくんの父、イーディアスにどうしてこの話を俺に持ってきたかを聞いた。
「そうだな…運命だから?」
「…違うでしょ?」
首をかしげて笑ったイーディアスは誤魔化す気満々であったようだが、俺は即座に否定した。
「…騙されないか」
ポツリとつぶやいたあと、イーディアスは真剣な顔をして俺と向き合った。
「交換日記、記録を呼び寄せて読ませてもらったんだが」
「……ちょっとそれは、ちょっと」
「言いたいことはなんとなく解る。ちょっとした興味というか、調査みたいなものだったんだが、思った以上に、家の息子が君に入れあげているようだから」
交換日記は長いこと、本当に長いこと続いた。
俺はちょっと淡い恋心みたいなのも抱いたりもしたが、そう思えば、契約云々であの気持ちは吹っ飛んでしまっていた。
恐らくヒューイットくんもそうなのだが、あの交換日記は互いに確かな好意をもって続けられていた。
今は、少し複雑な感情でお互いを見ていると思う。
「君に少なからず好意を持っているし、いつもそばにはいないだろう?その上君は恩人だというから、たとえ君があの子の矜持を傷つけるようなことがあっても殺されないと思う」
まずヒューイットくんをどうにかするには、俺のように殺されないだろう立場の奴が必要だ。その上、友のように近すぎ毎日会うような奴ではなく、つながりはあっても、その距離により、いつか途切れてしまう奴でなければならないらしい。
「あと、君が賢いからだ」
「いや、それは息子さんも賢い…」
「あの子は不器用だから。…君は、知っているだろう?種族や、性別…分かっているはずだ」
竜は人と生きる時間が違う。
人間など竜が生きている間に何度も死んでいく生き物だ。それはあっという間で、一瞬だ。
そんな生き物と友情を築くのは未だしも、恋情など抱いたら辛い思いもするだろう。
これが異性ならば、確率的に非常に低いのだが子供を身籠ることもできた。子供がいるのならば、生涯その子供の子孫を見守っていくこともできるかもしれない。
けれど、それが同性ではできない。
養子という手もとれるが、果たしてそれがずっと見守り続ける縁になるか、俺という存在をずっと見出すことのできる存在になるかといったら、血縁ほどはっきりと見えるものではないのかもしれない。結局、血縁であろうとそうでなかろうと自分自身とは違う他人であるのだから、何かはっきりとしたつながりを欲するのは、仕方ないことのようでもある。
「一応、雌になることもできるんだが、さすがにあの子ほどの実力者を雌にできる雄がなかなかいないし、種族的には無理にでも純血種を生んで欲しいところだから」
竜は年々減り続けている。
竜の寿命ゆえ、ゆっくりとした減少であるのだが、確実に減っている。
もうすでに希少種とされるほどの数しかいない種であるのだが、種族的に雄も雌も子孫を残すことを義務としているところがあるらしい。
「…親としては、あの子が取り残されるのは…本人が決めることとはいえ、辛いからね」
なんにせよ、それは俺とヒューイットくんの間に恋情が結ばれた場合に起こる仮定だ。
もしも、俺とヒューイットくんが恋愛関係になったら、俺は確実にヒューイットくんを置いて死んでしまうし、ヒューイットくんは次を探すことができず一生を費やすかもしれない。
けれど、ヒューイットくんの片想いならばどうだ。
俺の片想いなら言うに及ばず、問題無い。
ヒューイットくんの片想いならば、想いあった記憶がない分、諦めることもできるかもしれないし、俺が死ぬまでに諦めて他にいく可能性だってある。