「だから、少しの可能性でも芽を摘み取ってしまおうと思って」
気持ちが芽生えても小さいうちならば知らないまま終わってしまうこともあるだろう。
ヒューイットくんの矜持を傷つけたら、俺はヒューイットくんにとって嫌な思い出になる。近寄ることもなくなるだろう。
「君なら、殺されない。だから、この方法がとれる。…これが失敗しても、君は賢い。たとえ俺たちが人の形をして、人と一緒に過ごそうと、それは違うものだ。それを君は、知っている。そして、理解するはずだ」
俺としては子孫の有無など関係ないし、片方が俺より長生きすると知ったら『ラッキー』などと思ってしまうけれど、それがすべてに当てはまるわけではない。
周りに歓迎されない気持ちを貫くなら、その分だけ感情は強いものであるし、片方がいなくなったら、片方は並々ならぬ激情を抱えることとなるだろう。
「茶化しているのも、そのせい?」
「そう。本気にならないように」
バカバカしいと思わせておきたいのだ。
もし、俺がその違いさえどうでもいいと思い、その違いを知っていてヒューイットくんの今後について考えないといった選択もある。
仮定ではあるのだが、俺はその選択肢をとりそうなものだ。
だからこそ、イーディアスはこうして俺に説明をしてくれて、釘を刺す。芽を摘む。
「わかりました」
俺はそう言って、依頼を受けた。
そう言ったが、知っていても、その違いを理解しても、感情は軽く理解を超える。
「…脈アリっぽい上に、俺、ちょっとまずいんじゃねぇの…」
独り言とはいえ、どうも茶化す言葉も出てこない。



たぶん、俺には五日間用意されていた。
ヒューイットくんの発情期はひと月ほど。
ひどいのはその中の五日間。
五日間のうち最も発情して辛いのが三日目。
最初はヒューイットくんを哀れに思った。
俺の身体が反応したことについて、最初は男も女もいけるのかといった認識があった。
けれど、この短い期間に俺は気がついた。ヒューイットくんだから、反応するのだ。
皮肉にも淡い恋心は、未だ健在だったということだ。
イーディアスの言ったとおり、ヒューイットくんは俺とは違う生き物だった。
発情期なんてものが本当にあったことも、人などよりある体力も、人とは違う貞操観念も、俺がヒューイットくんにしたことを簡単に許してしまえるところ…考え方さえも、違った。
人とどうこうすることはおそらく、それほど重きのあることではないのだ。人の傍にいるがゆえに、その道徳を知っているが、俺とどうなったからといって罪悪感があるわけでもない。
ただ俺を使ったということへの罪悪感があり、俺がとった行動に雄としての矜持が傷ついた。
それだけなのだ。
竜はプライドの高い生き物だ。
矜持を傷つけられて激怒して、原因をないものにすることなどままにあるらしい。
ただ、恩義にも厚い生き物である。ゆえに、俺は傷だらけといえど五体満足でいられるわけだ。
「どうしてこうなったんだろー」
「何が?」
「ユッキー、俺ってやなやつ?」
「まごうことなく」
親しい友人に保証される程度には嫌なやつだったはずだ。
「でも、いいやつだよ」
「どっち?どっちなの、ユッキー」
「どっちかで決まるようなら友人なんて簡単なもんだ。なーんつって」
ユスキラもなかなか哲学的だな…などと思いながら、漸く帰ってきた学園で、俺は友人達が戦っている様子を眺める。
「で、弟くんには会った?」
「あー会った会った。ひたすら騙してきたけど、会ったよ。相変わらず馬鹿だねぇ…俺が行ってる間に野外演習があったみたいなんだけど」
俺は思い出す。
ヒューイットくんだと思ってペラペラと話してくれる弟を思い出す。
結局弟は、俺がヒューイットくんのふりをしている間、一度も気づけなかった。…弟の将来が非常に不安である。
「うん」
「活躍はしたらしいんだけど、なんかこう…本人的に納得がいかなかったらしくて」
「ほう」
「俺に騙されているとは知らず、俺に愚痴の連絡までくれたよ」
「……みったんが、いったいどういうふうに弟くんを騙していたかはしらないけど、みったんも悪いよね、たぶん」
「うーん、どうだろね?」
バカバカしい弟の愚痴にちょっと癒されちゃったのは、秘密である。
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