ヒューの眉間の谷が深くなるのを見て、正直な感想を述べてしまったことを申し訳なく思った。
兄は、他人のことをあまり気にした風な物言いをしない人だ。それなりにというより、自分自身の都合がいいように振舞っているようで周りのことばかり気にして、最終的に気にしすぎてブチ切れて、色々やらかしてしまう。だからといって周りに気を使っているというわけではない。どう思っているか、どうしたいのかに気を向けているというだけだ。
兄自体は、他人と他人との隙間を縫って行動をしている。
そういうふうに、俺には見えた。
自由な人だけれど、自由に動くために道を選んでいるといった感じだ。
だからこそ、そういうふうに何かはっきりしないこと、他人のことをやたらと引き合いに出すようなことはないのだ。
「いや、でも、契約嫌がられてたじゃん」
「それは……」
ムニエルの次は温野菜だなんて、健康にも気を付けていそうなリゼルさんが、カレーをご飯と混ぜていたとき微妙な顔をしたクラウ以上に微妙な顔をして俺を見つめた。
「鈍い」
「え? なんで」
ヒューがため息をつく。
俺について、ため息をついているのなら、リゼルさんの意見を問い詰めなければならない。
「何が鈍いのリゼルさん」
クラウも不思議そうな顔をしている。俺だけではなく、クラウも不思議に思っているようだった。
「……二人とも、こっちに耳かせ」
ヒューが心ここにあらずといった様子であるのを見て、リゼルさんが俺とクラウに近づく。
俺とクラウはリゼルさんに近づき、二人して神妙な顔を作った。
「あいつ、ミヒロが好きなんだよ」
俺は、しばらくの間、リゼルさんの言葉を脳内で反芻する。
あいつ、ヒューがミヒロ、兄ちゃんのことが、好き。
ヒューが兄ちゃんのことが好き。
好き?
首を傾げたあと、ハッとする。
「え、まさか、兄ちゃんだよ?」
「いや、そうだが」
「性格よくないよ。かっこはいいかもしれないけど、髪蛍光ピンクだし、性格良くないっていうか悪いし、なんか器とか大きい人じゃないよ。かっこいいかもしれないけど、優しくもそんなにないし、いや、兄ちゃんだよ?」
クラウは俺の意見にもリゼルさんの意見にもしっくりこなくてしきりに首をかしげているが、恋愛ごとにおいてはとても鈍いクラウのことだ。きっと、兄のことが好きだとヒューが言わない限り分からない。
「ユキのそれは、知ってるから信じられないってことか。でも、お前、二回もかっこいいつったぞ。それで信じられないのか」
「だって、兄ちゃんなんだよ」
兄ちゃんとは黄金週間の事件以来会っていないし連絡も取り合っていないだろうリゼルさんは知らないかもしれないが、人に恋愛感情で、それも本気で好かれるということのなさそうな人になのだ。
兄を遠くから見るだけの人ならば、それがあっても仕方ない。しかし、ここでこうして悩んでいるのはヒューだ。
ヒューは兄を遠くから眺めているわけではない。
曲がりなりにもうっかり守護契約とか結んでしまったのだから、連絡もとっているだろうし、兄の性格も深くまでではなくても知らないわけじゃないだろう。
「おすすめしないっていうか、恋愛なんて、しちゃダメだ、あんな人と」
「自分の兄にそこまで言うんだな」
「だって、兄ちゃんだから」
友人としては面白いのかもしれないけれど、恋愛なんてして楽しい人じゃないと俺は思う。
「他人がどう言おうと、本人はアレだしな」
「いや、だって、うーん……」
リゼルさんに言われて、俺はヒューの枠がなんとかという表現を思い出す。枠内って関係の話なら、友人って枠にいれたくはないけど、無理矢理兄ちゃんをその枠に入れてつなぎとめてるってことなんだろうか。
それは、兄ちゃん嫌がるだろうな。
しかも、ひとつしか欲しくないって、ヒュー重傷なんじゃないの。
俺は、スプーンを持った。
「弟としてはすすめないし、友人としてもあまり……でも、ヒューのあれが、リゼルさんのいうそれなら……恋だ……」
兄が遠まわしに何か言って、ヒューの反応があれなら、俺が何を言っても仕方ない。
今は目の前のカレーライスもどきを食べるしかない。
「恋……恋ってあんななの?」
「かたちは人それぞれだな」
「ふうん」
クラウがまだ納得していないように、ヒューを眺めているが、ヒューはそれをまったく気にせずブツブツ言っている。
ああ、ヒューがすっかり違う世界にいってる。そんなことを思いながら、俺はやっぱりカレーライスもどきを食べた。
うん、うまい。