Doki Doki☆止まらない


思い悩んでいるヒューを残し、授業に遅れるからと言って教室に向かった俺は、珍しい光景に出会った。
「風紀委員長さんだ」
俺の通っている学園の風紀委員会は、代々、騎士や戦士になるべく頑張っている生徒がなる。
風紀といっても、服装や遅刻を監視しているわけではない。
遅刻して授業に遅れたら、授業担当教諭によくて叱られて、悪くて単位がもらえないなんてこともあるから、誰も遅刻したがらない。服装は注意しようにも民族的なこともあり、わざわざ規定なんて設けて抑える必要があるのかという考えがあるらしい。流石に裸で授業を受けようものなら、問答無用で帰らされるらしいけれど。そう、そういうことをした強者が過去にはいたのだ。
頭髪にいたっては、今更、髪の色が明るいだの奇抜だの言う世界ではない。
日本とは違って、金は愚か、青だの緑だの普通にいる世界なんだから、当然だ。
だから、そんな学園の風紀委員会がするのは、学園内の警察みたいなものだ。
校内で起こる諍いごとや、事件を解決するのが風紀委員会なのである。
十代の男ばかりが集まる空間なのだから、それなりに喧嘩だとか、魔法戦争だとか、決闘とか起こってしまうんだけれど、風紀委員会が出てくることはあまりない。
風紀委員の目の前で喧嘩していても、魔法戦争がおこっても、決闘を申し込まれても、はははと委員自体笑うだけなのだ。
どうしようもなく収拾がつかないとなったときに風紀委員会が動くことになる。
そして、今、俺の目の前に広がる珍しい光景は、その、どうしようもない事態らしい。
らしいというのも、風紀委員長さんが、驚く程の速さで駆けてきて、何したかよくわからないけれど、喧嘩をしていた二人が、一瞬にして床に倒れたからだ。
「なんかよくわからなかったけど、かーっこいー」
俺がそう言って軽く手をたたくと、風紀委員長さんが俺に振り返り、キョトンとした。
いやに可愛いらしい様子だった。
「リゼルさんのご友人で、リトゥが迷惑かけてる……」
「あ、ユキヒトっす」
「ああ、エイドだ」
俺に流されたのか、律儀なのか、名前を教えてくれた風紀委員長さんに、知ってますよと俺は頷いた。
それに少しはにかむように、恥ずかしそうにごまかし笑いをした風紀委員長のエイドさんは、やはりちょっと可愛らしい。
外見はただの隈できた怖いお兄さんだけれど。
「委員長さんあれですね、お仕事大変なんですか?」
エイドさんは、またキョトンとした。
床と仲良くしている生徒の一人が逃げようとしているのを、抜け目なく蹴りつけて逃げられないようにしているが、非常にあどけない様子だった。
俺は、できるだけ床あたりを見ないようにしつつ、また、口を開く。
「いえ、隈、すごいんで」
「……ああ、これは」
「さぼんな、エイド!」
何かが飛んできたなと思ったら、エイドさんは、床に転がっているもうひとりがジリジリと這いながらその場から離れようとしているのを踏みつけ邪魔しつつ、飛んできた何かを指と指のあいだに挟んだ。
ナイフだった。
「きゃっ!ユキ様ッ!」
少女みたいな声で驚いたリトゥさんに、むしろ俺が驚いた。
エイドさんに何か……ナイフを投げたのは明らかにこの人だし、サボってもいないエイドさんに野次を飛ばしたのもこの人だ。
えらく男らしい、低い声だった気がするのだが、今は、外見によく似合う男にしては少し高めの声で悲鳴を上げた。
その上、どうでもいいことであるが、俺の名前が親しいやら神々しいやら、アイドルみたいな呼ばれ方になっている。
「あ、あの、ユキ様」
すこしもじもじするリトゥさんは、可愛らしい美少年にしか見えないため、大変可愛らしく見える。
でも、先程の『さぼんな』のせいで、なんだか恐ろしい。
「は、はしたないところをおみせしました……」
「あ、いや、リトゥさんも男なので、ありだと、思います」
リトゥさんは、ハッとした顔で俺を見上げ、一瞬にして俺との間合いを詰めた。
もじもじと手遊びしていた、その手で、俺の手をギュッと握り、キラキラとした目で俺を見つめる。
「なんて素晴らしい人なんでしょう!僕みたいな外見だとすぐ、女みたいとかからかわれるのにっ…!」
「倍返しがよく言う」
遠くで呟いているエイドさんの声が、俺の耳にすんなりと入り込んできた。
「あんな…ッ、あんなガサツで!不眠症気味で!自信のない委員長とは大違いです!!」
しっかりリトゥさんにも聞こえていたらしい。
がっしりと掴まれた手がなんだか外れなくてさらに、恐ろしくなりながら、俺は、首を横に振る。
「いや、俺もガサツで、デリカシーなくて、鈍いとか、いわれるというか……」
「謙虚なんですね…!」
違うっていっても、信じてくれない。
俺は遠くにいるエイドさんに助けを求めるべく視線を向けた。
エイドさんは、俺と視線が合うと、またキョトンとした。
しばらくすると手を打って、逃げ出したくて仕方ない生徒二人の襟首掴んで引きずりながら、こちらにやってきた。
「ほら、授業始まるから離してやれ」
「嗚呼!僕としたことが…ッ!」
すぐさま離された俺の手は宙に浮いたままだが、リトゥさんは顔を赤くして恥じらった。
「すみません、教室に戻られるとこだったんですね!気が利かなくて……」
「あ、いえ……」
リトゥさんは恥ずかしがりながら、夢見る乙女のように手を合わせた。
「本当に、ユキ様素敵……」
「いや、あの」
「では、授業頑張ってくださいッ!!ッシャー!しばらく手ェ洗わねぇーっ」
現れた時のように突然背を向けたリトゥさんを見送ったあと、エイドさんがポツリと言った。
「……頑張れよ」
「いや、無理です」
「だよなぁ」




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