first contact


高校二年、初夏。
悪いことっていうのは、良いことよりも大きく聞こえる。そして、簡単に気分を損なうことができるってことを知った。
いや、しょっぼいもんなんだけど、知ってしまった。
俺は不機嫌である。
えー何あれ、オタク?きもーい。こっちみるなよ。
あ、しゃべった。キモ。ありえない!
あんなんとお友達になりたくないよね。
じゃあ、お前らこそ見んな。
嫌なら、見んな。聞くな。さわんな。近づくな。
友達なんてこっちから願い下げ。
それこそ見るのも聞くのもさわんのもいやだし、近づきだってしねぇから。
けど、悪いことっていうのは意外と耳に入ってきて、悪いこと聞いてないつもりでいても聞いてしまうから。
無視するのが一番なのに、どうしても、見てしまうから。
「…はぁ」
溜息をついて、テーブルへと向かう。
ああ、うるせぇな。なんて不機嫌ながら、メニュー画面に目を通す。
タッチパネル付き、ここは回転寿司か。と思いながら、学校案内でみた操作法を試す。
注文はできたのだろう。無事にやってきたのでコレで注文方法はいいようだ。
本日のシェフの気まぐれディナーは、シェフがつくったわりに焼肉定食だった。焼肉…か。むしろシェフが食いたかったんじゃないか?
一度手を合わせると、軽く頭を下げ、俺は食い始める。
一流シェフがつくった焼肉定食はうまい。
うまいが眼鏡が曇る。
俺は眼鏡をトレイの横におくと、飯を食いながら、考え事を始めた。
だいたいなんでこんないわれのないことを言われなければならないのだ。
時期外れの転校生は特殊能力かなんかを持っていなければならないとか、姿形が整ってなければ許されないとか思ってるんだろうか。
ああ、焼肉定食うめぇ。
とりあえず、俺は疲れてる。朝からやらた広い敷地を歩いて、歩いて、歩いて…とにかく歩いた。
転校したばっかりの学校指定のローファーをはきなれてるわけがない俺は、足もボロボロ。
とにかく休ませろと思っていた。
何処にも寄らずに寮の部屋に直行し、布団だけは引っ張り出して、横になって、腹が減って起きて、食堂に向かえばこれだ。
ああ、焼肉定食はうめぇのに、踵と親指と小指の端がいたい。踵にいたってはズル剥けだ。痛い。
ああ、疲れてる。疲れてるから、ショッボイ罵詈雑言も気分悪いんだろうな。余裕って大事だ。
焼肉定食を食い終えると俺は、眉間をもんだ。皺が固定されるのは避けたいもんだ。
くそなげぇ前髪を鬱陶しくおもいながらもそのままに、再び眼鏡をかける。
寮なんてのは家みたいなもんだ。格好つけてなげぇ上に不揃いな…いわゆるアシンメトリーな前髪をそのままにしてたって別にいいとおもわねぇか。
鬱陶しいならくくっておけだが、ゴムやピンは髪の毛ひっぱって好きじゃねぇし。髪型的には気に入ってんだよ、アシンメトリー。
この学校は服装頭髪の校則も緩いときくし、もう少しきってもいいかもしれない。
今なげぇのは、ピアスを隠すため、だからな。
サイド刈り上げとかもいいな。あぁ、どうしようか。 と思って、水で一休みしてんのがよくなかったんだろうか。
にわかに騒がしくなった食堂に、煌びやかな集団が現れた。
生徒会、らしいぞ。煌びやかだなー。
俺はそれを眺め、水を飲む。一気飲みだ。
見物するにはその煌びやかさは目立って、見てるだけで面白いといってもいいんじゃないだろうか。
そのとき、煌びやか集団の一人が、俺を見たようだ。
ようだというのも、俺は水を煽っていたので、よくわからなかったんだが、まわりがそういう風にいうもんだから、耳には入っていた。
そいつは急いで俺のところまでかけてくると、ガッと肩を手で掴み、いきなり、俺の喉に噛み付いた。
「ぐげッ…」
水が口から出て行かなかっただけでも褒めてくれて良い。
お山の上にあるこの学校。
聞いた話じゃ下界と違って同性愛はマイノリティではないとか。
そうか。と聞き流していたら、これだ。
喉仏に噛み付く、男。 喉元かみつかれてじっとしているのは本意じゃないが、そこは急所だ。それより何より、なにしていいか、さっぱりわからない。
頭殴ったら食い込むだろ。腹殴ってもひっぱられてこっちに被害がくるんじゃないのか。
しゃべろうにもかまれてるだろ…。とりあえず、俺はそいつの肩をポンと叩いた。
まわりの罵詈雑言が倍になった。しらねぇ。
「……あ、わりぃ」
それだけか貴様。
と罵りたいのを飲み込んで、俺はとりあえず離れたそいつをしげしげと眺めた。
眉間の皺はどうやら固まってしまったようだ。
今更気にしたって仕方ない。
目の前のイケメンに悪態だけは吐いておこう。
「シネカス」
「………」
気まずそうだ。
自分自身の行いをよくわかってらっしゃる。
いきなり他人の喉元に噛み付く。これは常識の範疇じゃない。
危うくすれば、俺はしんでるんじゃねぇの。なんて思いながら、かまれた喉に指を当て、その指を見て俺は溜息。
流血してんじゃん。
「次からは気をつけろよ」
といってふわりと笑ってみせる。
そいつがはっとした瞬間を狙って、俺は笑顔を貼り付けたまま素早く立ち上がると、そいつに踵おとしを食らわせた。
「とか言って許してやれると思ってんのか、この、カスッ!」
見事な踵おとし。
もちろん手加減はした。
「ってぇ…」
呟くそいつを無視して、俺は食堂から去った。
シーンとした空気がなんか痛かった。
next/ ファンタジーtop