fifth element


七井の家に拾われたのは、ほんの十六年前。
七井の主人は大層喜んで、俺に宗佑と名前をつけた。
主人は子供に恵まれず、妻にも先立たれ、寂しい思いをしていたらしい。俺と七井の主人は大変気が合った。このまま実子のようにしていてくれというので、俺はそのように振舞った。そうこうしているうちに俺の方が年寄りだと言うのに、俺の父になった七井の主人がつい最近再婚した。
それはもう妻を溺愛しており、また、その妻も子供に恵まれていなかっただけに俺というこぶを大変喜んで迎え入れてくれた。
俺は姿形を変幻させて、七井の主人に会ったとき子供の姿をしていて、七井の主人に付き合って、外見を少しずつ成長させていたわけで、今は16歳になる。
俺が吸血鬼になったとき、俺は既に28歳。
食うも食えず、飲むも飲めず。ガリガリだった俺は、主に液体を啜って生きて、気がつけばこの年だ。
外見は28歳のままでストップ。
髪や爪は延びないこともないのだが、吸血鬼なんてものは一度死んだものだ。何かしらしないと伸びはしない。
そのくせ腹は減る。
食い物は受け付けないくせに、飲み物はいくらでも飲める。
吸血鬼などというが、血をのんでもおいしくない。といったら、草食めと罵られた。
その草食が千年超えていきているから不思議なものだ。
そう血液を吸わずとも生きていけるのだ。
しかし、血液を欲しがる吸血鬼はあとをたたない。
食べ物を受け付けないのに、栄養素は欲しがる我儘な身体は、僅かな酸素と栄養素を血液から得ようとしている…というのが、今のところ吸血鬼間の通説であるが、習慣、もしくは思い込みのようなものだと俺は思っている。
心臓も動いているし、血液も流れている。変温動物であるため体温はないようなものだが。
飲み物しか受け付けない身体ならば、その飲み物で栄養を得ようというのは単純にそういう進化なのだろう。
吸血鬼になる前は食べ物を受け付けたというのに、こうなって食べ物を受け付けないのは消化器官が非常に弱っていて、それ以上うまく機能しないからだ。
原初の吸血鬼と呼ばれる存在は、消化器官が弱っていても仕方ないし、成長なんてしないし、起き出すまでに時間がかかってしまっては働かないのも通り。だって、食べていないから必要ない。
勝手に進化してしまった身体が飢え乾いて、液体を必要とするのは仕方がないことで。
それをみずみずしい人間が現れてみろ。がぶりと噛み付いてしまうかもしれない。
犬歯が発達しているのは、おそらく、単純に、液体を簡単に取り出すためだ。
砕く、もしくは吸い出すために穴を穿つのに、便利だ。
最初がそうだったのだから、ずっとそうなってしまっている。というだけなのだろう。
あとは、人の血液を得ることによってその人の気配をまとい、その土地を誤魔化しているというのもある。 吸血鬼は自らが生まれた場所以外から嫌われに嫌われている。
おかげで招かれないと他の場所に入れない。
人の血をすうことにより、その人の気配を一時的にまとうことはできるから、それを便利に使っている連中もいる。
人間であることを嫌がった連中は血液を好んで啜り、人間でありたかった連中は血液をすすることを嫌がる。
けれど、思い込みというのはすごいもので。
血液を飲まねば生きていけないと思っているのだ。
感染した連中は、感染源の形態を模写するものだから、急に液体しか飲めなくなったり、血液をもとめたりするのだ。
そんな思い込みとは縁がなかった俺は、今日も固形物を食べている。
俺ははいてもはいても、少しずつならすという行為をやめなかった。
馬鹿かアホかと罵られながら、自分の身体を作り変えた。
その結果が内臓器官の復活という華々しい進化だったのだから、俺はソレでいいんだと思っている。
だが、そのせいで、他の連中より性への欲求がひどい。
他の連中は人間だった頃の習慣をもっているから単純に好みだと思ったらたしなむ程度に遊ぶ。
だが、実際、蛋白源はとっていないのだ。
元がないのなら、作りようがない。
一応、血液にはそれが含まれているだろうし、微々たる量だが摂取することも不可能じゃない。
だが、少しは少しだ。淡白なものだ。
だが、消化器官が働く俺は別だ。
ただ、栄養素をちゃんと栄養素としているわけではないらしく、半分も摂取はできていないようで。
消化はするが栄養にはならず。
それが解っているからこそ草食草食と言われ続けた俺は肉を食う。
栄養は液体で取るのが効率的なら、とりあえず好きなように肉を食う。
結果、たんぱく質が…。
まぁ。普通の人間よりも淡白なはずだ。
欲求がひどいのは青春を謳歌し損ねたせいだとおもいたい。
「だからって、これはねぇ」
四日目なのか三日目なのかはわからない本日、またしても寝そこねかけている。
契約精霊に襲われて。
「……主人のそばに居たいのは当然だと思う」
「ああそう。もう、ほんと…ねむてぇ」
俺の喉に噛み付いてきた精霊の名前は、石動コウシ(いするぎこうし)といった。コウシが名前なのだろう。どうして学校にいるかは想像がつく。
この場所が、彼の場所だからだ。
この土地の精霊。ということだ。
しかも、この地に嫌われているだろう俺を選ぶとは、難儀だ。
…オリジナルといわれる吸血鬼は、死人がえりだ。
一度死んだ人間が、よみがえる。
俺も一応オリジナルだ。気がつけば森の中。目が覚めるのが遅れたせいなのか、目覚めた場所が森だったせいか。
自分自身が人間であるという認識を持ち続け、化け物だと気がつくのに遅れた。
俺の周りには精霊しか居なかったし、目覚めた場所は俺の帰るべき場所なのだ。その地の精霊は俺を歓迎してくれる。
その場所から動かなければ何か情報が入るわけでもなく、目覚めが遅かった俺の記憶は非常に曖昧で混濁していた。毎日森で、果物の汁を吸ったり、木の実をすりつぶしてドロドロにしたりして生きていた。だからこそ、今の俺がある。
…そんな俺が過ごした森もなくなってしまったのだが。
しかし、場所はわかる。
自分自身の身体がよく知っている。
その場所で眠るのだと。
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