それならいい

ひっくり返された。呆然とアオはタスクを見上げる。
グラウンドから入ってくる明かりが頼りなく照らす風紀委員室で、アオとタスクは対面していた。
「……何やってんだ」
「……夜這い、を……」
今日は暴れて悪かったと謝りにきたら牧瀬が寝ていて、実に美味しそうだったのでキスくらいいいだろう、いや、せっかくだし、その気にさせて、頂こうという、なんともひどい理由でアオはタスクを襲った。
暴れてまだ興奮冷めやらなかったせいでもある。
「へぇ」
そのとき、アオが興奮冷めやらなかったように、アオを止めに入ったタスクも寝てはいたがそれなりに興奮冷めやらなかった。
いや、寝ていたからこそ、理性や倫理やその他色々なことが薄れていたのかもしれない。
「据え膳、食わなきゃ、男の恥だもんなァ?」
歪んだ笑みを落としたタスクを、アオは後に逆らえないセクシーさがあったと言って大いにタスクを嫌がらせた。
アオは何かを飲み込もうとして、喉が引っかかり、仕方なく口を開く。
「いや、それは、ちが……」
なんとか出した声も、少し普段とは違い、裏返る。まさか、緊張などしているのだろうか。そう思って、アオは笑いそうになった。
まさか、俺が何に緊張するのだ。
アオがタスクを睨みつけると、タスクが笑う。
「何、ごまかしてんだ?」
アオの上に跨ったタスクは、笑ったまま、掴んでいたアオの腕を放した。
「ヤらせて、くれるんだろ?」
アオにしてみれば、まさかの展開だった。襲うつもりは最初はなかったし、襲ったときもキスだけ、いや、あわよくばくらいの気持ちだったのだ。
まさか話が飛躍して、タスク自ら誘ってきた上に、アオがしたかった役割をタスクがしようとしている。
棚から牡丹餅なんて出てこないんだ……と現実逃避をしてしまったのも仕方ない。
「これは、迷惑料か?」
珍しく、ずっと底意地の悪い笑みを浮かべたまま、アオのズボンを脱がせ始めたタスクに、なんと言ったものか、アオは悩んだ。
悩みに悩んで、答えを出す前に、アオの口は動く。
「そうだ」
このまま大人しく失う予定のないものを失わなければならないのか、それとも此処から逆転すべく暴れるべきなのか、アオは軽い混乱の中、それでも、何もしないという結論には至らなかった。
「なら、美味しく頂こう」
もしも、アオがいつも通りならば迷惑料でなければどうするつもりだったのか聞いていたことだろう。しかし、アオはいつも通りではなかった。雰囲気に少しのまれていたし、このチャンスを逃せばタスクとこんなことをする機会もないだろうと思っていた。それは果たして、チャンスであったのだろうか。現在のアオからすればチャンス以外の何者でもなかったが、このときのアオにとってはただの失敗であった。
その思考にたどり着いてしまったことも、躊躇してしまったことも、混乱してしまったことも、とにかくすべてが失敗だ。
その日は、まだ春になっておらず、冬の終わりというには肌寒い日で、教室使用申請がされておらず、空調が自動で切れたばかりの風紀委員室でも、肌を晒すには寒かった。
外気にさらされたアオのモノは、寒さゆえか、混乱ゆえか、それとも最初からその気などなかったのか、何の反応も示していない。タスクの手は、外気とはちがい、起きたばかりのせいか、温かく、それがタスクを意識させアオに焦らせた。
「ちょ、ちょっと待て」
「ア?」
「何か間違ってないか……?」
アオが襲ってきた時点で間違いなのだといわんばかりに、タスクが再び笑う。
「嫌なら、抵抗すればいい」
タスクとすることは嫌ではない。タスクにされるのは、嫌なのだろうか。
アオは混乱の果て、ついに自分自身がどういう状況に置かれているか、冷静に判断することができた。
最悪の状況であるが、これはもしかしたら最大のチャンスで、責任を取れと告白すれば、もしかしたら、タスクはとってくれて、恋人くらいにはなってくれるのかもしれない。
そんなことも考えた。
考えた末に、男のプライドと打算は、タスクの動きに真っ白になる。
絶妙な力加減で握られたアオのものが、ゆっくりと擦られ、首に何かが這う。首にかかる温かい空気に、首を這うものが、タスクの舌だと気がついたときには、アオのものは外気など気にせず反応を始めていた。
「……、気の迷いでも」
牧瀬ならなんでもいいと判断してしまったアオは、本当に何もかもが失敗だった。
このとき打算的になれていれば、付き合っていたかもしれない。
ただ、タスクに嫌われていたかもしれない。
それでもそのとき、失敗だが間違いなく選んで、狭いソファを軋ませながらアオは覚悟を決めた。 腕を伸ばし、タスクの背中に回すと、アオは一つ息をつく。
「優しく、しろよ?」
「できたらな」
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