「省吾」
一時帰宅のようなもので、どうしても授業に必要なものをとりに帰った。
ドアを開けると古城が出かけようとしていて、偶然ばったり出会った形になる。
古城は俺に道を譲るように無言で横に避けてくれたため、何を疑うでなく部屋の中に入ると、すぐさまドアを閉められた。
そして、俺をドアに追い詰め、普段と変わらぬ表情で、古城は俺の名前を呼んだ。
「不機嫌か」
古城が俺の名前を呼ぶときは大抵気が立っている。
俺は呼ばれるたびに、古城の不機嫌の原因を探ることにしていた。
大和撫子と噂される一年生が出てきた程度で不機嫌にはなるまい。そう踏んで、俺をドアに追い詰め、さらに内鍵までかけた古城に問いかける。
「どうした?」
「どうした?じゃねぇよ。てめぇは俺を欲求不満で殺す気か」
「その程度じゃ死なねぇよ」
さすが、一匹狼などという恥ずかしい名前で呼ばれている男だけある。古城が睨みつけてくるとそれなりに怖い顔になった。
久しぶりに近くで見るヤンキー面でも、俺には怖いとは思えない。見慣れた顔だというのもあるが、人の顔だけで怖い思いなどしないからだ。
本当に怖いのは顔の造詣ではなく、表情だ。
睨みつけるという動作も、俺の中で怖い表情に結びつかなければ、怖いと思うことはない。
「お似合いの大和撫子はいるし、てめぇは欲求不満になりようがないかもしれねぇけど?」
「お前こそ、そこらのちびっ子捕まえりゃ欲求くらいなんとかなんだろうが」
まるで嫉妬したようなことを言うものだから、ついおかしくてからかいもこめて言い返した。
古城が、ふと笑う。
嘲りをこめた笑みは、なるほどヤンキー面に良く似あった。
「てめぇ仕様に調律されてんだよ。もっといい棒か穴連れてこねぇと無理だな」
微妙な褒め言葉を可愛くない顔で言われてしまい、俺は温い笑みを浮かべてしまった。
「……笑んじゃねぇよ」
「無理だろ」
今のところ俺が最高だといわれたのも、それ以上なのに、棒と穴でしかない他人のことも、考えれば考えるほど、俺を笑わせる。
「嫉妬したのか」
「意外にもな」
古城の頭を手で引き寄せ、違う笑みを浮かべる。
「……かえったら」
唇が触れる少し手前まで顔を近づけ小さく呟いた。
「存分に、味わってくれ」
「……、味見、は?」
小さく、呟くように落とされる言葉は、口が開きにくいのか、至近距離であるからか、濡れて、何かに詰まるように途切れている。
解りやすい欲情が、声を滲ませた。
「よく、知ってんだろうが」
「変わってるかもしれねぇ、だろ?」
古城が知らない間に変わっているのなら、激変だと言ってもいい。
反論はせず唇を合わせると、古城の舌が咥内に入ってきた。
舐めるというより撫でるといった調子で、口の中を動く古城の舌は俺の味を覚えていたのか、確認が終わると、唇を撫で、離れる。
物足りないくらいの味見により、何故か俺が古城の味を知ることとなった。
「……甘いのは気のせいか」
「賞味期限切れる前に食べた。冷蔵庫のもん」
そう思えば、冷蔵庫に甘味を入れてあったなと思い出し、俺は離れていく古城にため息をつく。
「なんでいつもお前は俺のプリンを食うんだ」
「知らねぇよ。そういう運命なんだろ」
運命というやつはなんと残酷なのだろう。
クソ食らえだ。
「菓子作って待っとけよ」
「待たねぇよ。いつ帰ってくるかわかんねぇし」
薄情な大和撫子もいたものである。
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