悪魔でゴールド5



都賀と水木さんの話がおわったあと、俺達は今日の撮影現場に向かった。
今日の最初の仕事はとある雑誌の撮影だった。
カメラマンは、先日も一緒に仕事をした先生だ。
「相変わらずセクシーな笑い方だね」
カメラマンが、そう言ってシャッターを切る。
「そんなことは、ないんですけどね」
何度も何度も切られるシャッター。
眩しいライトを直視しないよう、カメラに視線を向け、笑う。
「そうかなぁ?今日もうちの新人何もしゃべれなかったでしょ?」
「話すのが得意じゃないのかも知れませんよ」
「まっさかぁ。あの子めちゃくちゃ喋るよ?」
他愛のない会話をしながら、カメラから視線を反らすたび、誰かを探してしまう。
数年ぶりだというのに風化していない感情が、俺に誰かを探させる。
探したら、きっと他の誰かと一緒に立っていて、俺はまた、いらぬ感情に振り回されるに決まっているのだ。探さないほうが、自分自身のためになる。
昨日だって、宮藤とただならぬ雰囲気だったではないか。
俺は思い出して、暗くなる。
「シン、視線あっちで、適当に歩いて」
カメラマンの指示に従い、その指差す方向を見た。
そこには偶然、都賀が立っていて、俺は笑いそこねる。いやに真面目な顔をしてしまった。
都賀は、仕事だからだろうが、俺を……俺の方を見ていて、不意に俺と視線が合った。
俺が真面目な顔をしたせいか、俺と視線が合ったせいか。都賀が笑った。
仕事だから、俺が見たその時は、真面目な顔して俺の方を見ていたのに、笑ってくれた。
何だか嬉しくなって、俺も笑う。
「おっ、いいねぇ!シン、そのまま振り向いて!」
声が聞こえてハッとする。
そう思えば、ここは撮影現場だったし、仕事中だった。
注文に応えるべく振り返る。
後日確認したのだが、御堂に向けた笑顔があまりに好意だだもれで、色々投げ捨てて穴に入りたくなった。
そんな撮影も他のモデルとの撮影のため、ちょっと休憩を挟むこととなった。
「おつかれさん」
先程、嬉しくなって笑ってしまったせいか、何だか照れ臭く、生返事のような応えを返した。
「おー…」
休憩時間は30分と長めだ。
この30分もの間、この男に張りつかれなければならないのかと思うと、気まずい。
「おい、み……シン、どこ行くつもりだ?」
「……便所だ、べーんーじょ」
「その顔で便所って……せめてトイレくらいにしとけ」
俺がそういって便所に向かうと、都賀がついてきた。
「……まさか中までついてこねぇよな?」
「トイレで何かあっちゃまじぃから」
「ねぇよ!ついてくんな!」
思わず振り返りざま蹴ってしまったのだが、俺の足を都賀は見事に受けとめた。
「仕事だっつうの。大体、今更恥ずかしがることでもねぇだろ」
仕事以外でついてこられたら、都賀の性癖を疑うところだが。
「確かに……まぁ……見られるもん見られてるし、便所ではちあわせることもあったが」
「つーか、1人でいけない時もあっただろうが」
「ば……っ、あれは!」
ストーカーに監禁されそうになったら、そりゃあしばらくは一人になるのなんて怖いに決まっている。
便所など人と離れる絶好の場所だ。しかも人を連れ立って行く場所ではない。そんな場所でストーカーと一緒にされたら…と思うと一人でなんか行けない。
「今は平気だ!とにかく、外。外で待て外!」
「いや、俺も行きてぇし」
「それなら最初っから…!」
そんなことを言い合いながら、結局二人でトイレに入った。
「あ、どうも」
トイレに行くと、昨日も今日も一緒に仕事をしたカメラマンがいた。
「……その男は…」
「あ、ああ、ボディガードの」
「なんで、そんな男が」
雰囲気がおかしい。
言動も何かおかしい。
俺は、少し後ずさって、都賀に軽くぶつかる。
振り返ると、都賀の顔が近くにあった。
驚く程鋭い視線が、カメラマン……新人の、カメラマンに向けられていた。
「そんな、男が、君の近くにいるのかなぁあ?」
背中が寒い。
そいつに視線を向けることができず、俺は、都賀の顔から下へと視線を移動させた。
昔もこんなことがなかったか。
俺は、ぶつかったままの都賀の服の裾を掴む。
昔も、こんなことが、あった。
「仕事についてすぐコレか……当たりがいいのか悪いのか」
呆れているが、温度のない声だった。
声に温度は感じないのに、傍にいる都賀の温度は明らかに高かった。
都賀は俺の手を服から丁寧にはがすと身体を半分傾け、俺を後ろへと逃がし、一歩前へ出る。
俺は都賀の背中を見たあと、少しずつ視線をずらす。
「君は、きみはきみは、俺の、俺のだろぉ」
「誰のでもねぇよ」
俺の答えたかったことはしっかり都賀が答えてくれた。
「これは、誰のでもねぇ」
俺が見たそいつは、今にも襲いかかってきそうだった。



悪魔でシルバー
誰のでもねぇよ。
残念ながら。


悪魔でゴールド
ストーカー怖い。







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