悪魔でゴールド8



すぐに都賀に近寄って、無事を確認して、ほっとしたかっただけだ。
しかし、俺の願いは叶えられず、結局、都賀の側にいけたのは、車に入ったときだった。
俺はそのくらいになると、俺が都賀のことを好きだから、都賀は俺の側にいてくれないんだという考えに捕らわれきっていた。
好きになる人ほど、俺にとっては遠い存在だ。
これはもう、トラウマであり、ジンクスのようなものである。
都賀が俺のことを、俺と同じ意味で好きじゃないのは、この前、見たばかりであったし、このジンクスはまた、俺が好きだといったら、都賀の恋も叶えてくれるんだろう。
冗談じゃない。
都賀だけは、俺の側にいなかったとしても、俺の前で、そのジンクスに当てはまってほしくなかった。
マンションにたどり着き、俺の部屋に入ってすぐ、都賀が大きなため息をついた。
「御堂、おまえなぁ……」
都賀はこれから俺に説教をするに違いない。
どうして、新人カメラマンに近づいたとか、暴れるなとかそういうことを言ってくれるに違いない。
俺が予測して、憂鬱な気持ちを引きずりつつ、身構えていると、都賀はもう一度ため息をついた。
「言いたいことは山ほどあんだけど……無事でよかった」
そう言って、身構えていた俺の肩を軽く叩く。
俺が、顔を上げると、都賀がそのまま肩に置いた手に力を入れた。
「で、だ。無事なのはいいとして、好きってなんだ?」
都賀からでてきた言葉は不思議に思っているような響きがなかった。
事実を確認しているかのような響きだった。
俺は、なんとか誤魔化す方法を探した。
「……なんだそれ、何言ってんだ」
「おまえが言ったことを繰り返してるだけだ。おまえが好きだから、どうしたって?」
都賀はしっかり、俺が呟いたことを聞いていたらしい。
誤魔化しようがないのかもしれない。
「おまえが、俺のこと嫌いじゃねぇから、俺かばったりとかそういう……」
うまく考えられないために、いいわけじみた言葉になってしまったが、あのときの俺の言葉は、都賀が俺のことを好きだといっているようにも聞こえたはずだ。
数秒の間に何度も何度も、脳内で言ってしまった言葉を反芻し、俺はなんとか話の方向を変えようとしていた。
「そうか、俺がおまえのこと好きだからつうなら、まぁ……間違ってねぇけど」
さらりと言われたことに、俺の心臓は止まりかけた。
きっと、都賀には深い意味などないのだ。
俺が勝手に好きという言葉を恋愛ごとと勘違いしているだけだ。友人だって、家族だって、食べ物にも、他の動物にも、好きは幅広く使われる言葉なんだから、そう、俺のことをそういう意味で好きだと言っている訳ではないのだ。
「ありがたいけど、迷惑だ。俺はどうにかできるし、だいたい、おまえはいずれ、いなくなるんだから」
混乱のあまり、何を言いたいか解らなくなる。
俺は都賀から顔を逸らす。
先ほどから、捕まれた肩が痛い。
「仕事だしな?当たり前のことをしただけだ。迷惑とか、俺をクビにしてから言え。そうしたら、いずれと言わず、すぐに、分かりやすい形で、てめぇの前から消えてやるよ。ただなぁ」
逸した顔を戻すために頭を開いている手で捕まれ、無理矢理都賀の方に向けられる。
なんとか視線をあわさないように逸らそうとしたものの、都賀の表情が見えるとそれもできない。
都賀は怒っていた。
けれど、俺がさっき言ったことに対して怒っているようには見えなかった。
「こうやって、顔も見れずに言われても、さっぱり、本当な気がしねぇわ。ちゃんとこっち見て、正直に言え。正直にいわねぇと、俺は最終手段にでるぞ」
「……」
俺は考えた。
誤魔化すにはどうしたらいいのか、都賀がいったい何について怒っているのか。
「カメラマンに近寄ったことは……」
「今はそれについて、聞いてねぇ」
都賀は、誤魔化されてくれない。
「俺も、嫌いじゃねぇってだけだ」
「嫌いじゃねぇだけで、なんで、それが理由になるかを言え。おおかた、おまえのせいでとか、昔のこと考えてウジウジしてんだろうが」
解っているなら、もう聞かないでほしい。
しかし、その言葉で都賀が何に怒っているかを、俺は知った。
俺が、呟いた『俺が好きだからか』だ。
俺のせいでとか、俺が都賀のことを好きだから都賀が側にいてくれないのかとか、そんなことを言ったことについて怒っていたのだ。
つまり、都賀は、俺が都賀を好きだと言ったということを確信しているのだ。
友人としての好きというには、重すぎる好きを。
「……解ってんなら黙ってろよ!そんだけ察しがいいなら、解んだろ!ふられんのやなんだよ!おまえに、ふられんの、いや、だし、おまえが、人の、もんに……なんの、なんて、みたくもねぇ…」
ヤケクソだった。
俺は誤魔化すのも諦めて、都賀のあまりなさそうな温情にすがった。
都賀の手が、俺の頭からも、肩からも離れた。
泣きたくなった。
痛くても、その手が離れてほしくない。
これで、都賀も両想いだ。
俺ではない誰かと、両想い。
都賀がいなくなったら、盛大に泣こう。でも、都賀の前ではけして、泣かない。
俺は決めた。
「好きだ」
都賀の手が離れたのをいいことに、俺は床を見ながら言った。
「好きなんだよ、おまえが」
今までこんなに情けない告白をしたことがあっただろうか。
いつも、格好などついた覚えが無かったけれど、相手の顔だけは見れていた。
俺はもう一度、言う。
「好きなんだ」






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