金メッキ1



都賀がしくじった、または都賀が馬鹿なあまりに俺と付き合い始めてからひと月たった。
俺はひと月たっても世界的な人気モデルで、都賀も俺のボディーガードだ。
「やっぱさ、恋人って言ったら、こう……甘い感じがあってもいいでしょ?」
相変わらず事務所ではマネージャーの一人である浅野さんが、もう一人のマネージャーの水木さんに恋患うあまりどうにもならない妄想を語っていた。
俺はモデルを頼まれたブランドの帽子を片手に、適当に頷く。
「そうですね」
「デートしたりイチャイチャしたり、手を繋いだり抱き合ったり、……ね」
浅野さんの妄想もわからないではない。一度は夢見る事だ。俺も中高と夢見続け、終ぞ恋人が出来ず、ストーカーに狙われ、諦めたからよく解る。
そういう妄想は、相手次第だ。
恋人になれるかなれないかということも相手あってのことであるし、イチャイチャ手を繋いで抱き合って、最終的にいくところまでいくというのも、一人ではどうしようもない。
その上、付き合うということの舵をどちらがとっているかということも大きく関わってくるように思う。浅野さんが水木さんと付き合うようなことがあれば、水木さんの尻に敷かれてしまうのは火を見るより明らかだ。どう考えても、水木さん次第でその妄想は打ち砕かれる。
「そうですね」
俺は帽子を被り、鏡を覗き込み小さく頷き、やはり適当に返事をした。
浅野さんの妄想は長い上に、水木さんがいないときによく聞かされるため、しっかり聞こうという気にならない。
「って、俺のことは置いといて、シンは都賀くんとどうなの?」
あのストーカー事件のあと、俺と都賀が付き合い始めたことは浅野さんも知っている。水木さんが女の勘を発揮した挙句、こんなときばかり一蓮托生と水木さんにバラしてくれたからだ。
「どう……とは、どう……」
「またまたぁ、とぼけちゃって」
浅野さんの聞きたいことはよくわかる。
それこそ、俺に浅野さんの妄想のようなことが起こっているのかどうかが聞きたいのだ。ついでに惚気てくれてもいいんだぞとそう言いたいに違いない。
しかし、俺は帽子の具合を確かめながら解らないフリをする。何故なら、俺と都賀が付き合う前と後とで変わったことが一つもないからだ。
連絡がまめになるということもないし、一緒に居る時間が増えたということもない。
一緒に居る時間は都賀が俺のボディガードである限り、普通の恋人たちより多いだろうし、これ以上増やしようがないのだ。
恋人らしいといえばデートだが、デートをするような余暇があれば、一日の半分以上は家のことをして、余った時間でとりためたテレビ番組を見る。
そのテレビを見ているときにイチャイチャすればいいのだが、都賀は俺の事情を知りすぎていた。
背後から抱きしめられようものなら、冷や汗をかき、隣に座られたら座られたで、妙に意識しすぎて身体が固まる。どうにも、ストーカーのトラウマが邪魔をするのだ。
だからこそ、都賀は俺に触れるときは、俺が見える範囲で、動作もゆっくりめで、意が図りやすいようにしてくれる。
そうして俺を慣らしてくれれば、そのうちそれなりにイチャイチャできるのかもしれない。しかし、俺の仕事が時間を刻んでくれるおかげで、余暇というものもそうない。
常に働いているというわけではないが、モデルであるために使われる時間も少なくはないのである。
それに加えて、世界的なモデルでもそれだけで生きていくということは不可能であるから、他の仕事のことも考えなければならない。モデルという職業の寿命が短い上に、男性モデルの需要が女性ほどないからでもあった。
つまり空いた時間は、俺がモデルであるためにする仕事と身体作り、モデルではない俺を支えることに従事していることがほとんどであるということだ。
「それなりですよ」
そうは答えたものの、都賀も俺も大学時代となんら変わりない。一緒に住んでいるということすら変わっていないのだ。
「そっけないねぇ……十代からの仲なんでしょ?片想いとかしてた期間とか長かったりしない?あ、もしかして都賀くんの片想いが長かったりした?」
どちらがいつどう思ったかなど、付き合ってひと月たっても聞く気になれない。
まだ、都賀が俺を好きだというのも信じられないのだから、聞いたとしてもそれを鵜呑みに出来ないからだ。信じることができないのなら、聞かないほうがマシというものである。
「さぁ……」
「興味なさそうだね、シン」
興味がないわけではないが、こういったことに食いついてしまったが最後、根掘り葉掘り聞かれてしまうに決まっているのだ。たとえ恋人という特典を感じられない生活を送っているからなんとも言うことが出来ないのだとしても、気のない返事をしておくに限る。
ダメ押しで曖昧に笑うと、それでも興味があるのか浅野さんが最後の質問だと言わんばかりに聞いてきた。
「でも、イチャイチャしたりキスしたりしてるでしょ」
しているわけがない。
笑顔で流そう。そう決めたとき、仕事の話をしていた水木さんが都賀と一緒に隣室から出てきた。
「あら、浅野くん。何はなしてたの、身体乗り出してまで」
浅野さんは水木さんに振り返りついでに、いい笑顔を振りまく。
「シンと都賀くんのお付き合いについて」
浅野さんは隠すということを知らない。隠す必要もない話題だったのかもしれないが、水木さんに詰め寄られては俺とて話を流すのに苦労してしまう。
できるなら、そういう事態に陥ることは避けたい。
水木さん、ひいては女性というものはこういったことでは、男より鋭く上手なものだ。
「ということらしいけど、都賀くんどうなのかしら?」
水木さんはあえて、俺ではなく都賀に尋ねた。水木さんは俺の弱いところをよく知っているといってもいい。
だが、都賀は俺よりよほど手馴れていた。
俺を少しの間見て、ワクワクが隠し切れない浅野さんに視線を通し、楽しそうな水木さんを見て、再び俺を見る。すると、ゆっくりと目を細め、口角を上げてみせた。
「ご想像に、お任せします」
俺は余裕の都賀とは違い、身を硬くして、背を伸ばす。
何もしていないのに、何故か気恥ずかしくなってしまうのは、きっと都賀のせいだ。






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