銀メッキ1
御堂のボディガード契約が切れる一週間前、会社から連絡があった。
次の仕事に関する連絡だ。次の仕事は既に決まっていて、依頼主の希望により俺は海外でその依頼主を警護することになったそうである。
依頼主が誰かを尋ねると、何度か警護した対象であり、断ることのできない要人であるということもすぐに解った。
俺は、契約の延長、もしくは再契約を望む御堂家の家長に話をつけて、御堂の所属するモデル事務所にも話をつけた。話してみると、水木さん自身はもう少しだけボディガードを続けてもらいたかったらしい。しかし、事務所的にはいつまでもボディガードをつけていられるほどの懐具合でもないとの事で、延長は難しかったそうだ。
御堂家の家長はそれを見越した上で、息子を甘やかしにかかったようである。
その話を聞けば、烈火の如く怒りそうな御堂に秘密で話は進み、俺の次の仕事が終わった後、再び御堂が大きな仕事をするときなんてこともない顔をしてボディガードをすることになった。
そう、御堂の家までからんで俺を引きとめようという動きであるのだから、ある意味俺と御堂の付き合いは順風満帆である。
世間がどうのということは、あの人目に触れる仕事をしておきながら、引き篭もりである男には少々縁遠い話題だ。モデルを引退したら家から出ない仕事をするといわんばかりに、御堂は家で出来る仕事の資格をとっていた。
元親衛隊隊長いわく才色兼備であるのだから、他にも出来そうな仕事もある。本人は嫌がるだろうが、御堂家の会社に入っても遺憾なくやっていけると俺も思う。
尋ねてみると一生分の華やかさと出会いをモデルでしてしまったから、これからは地味に生きるんだと御堂はそういった。しかし、本人の望むようにはならないのだろう。
「なぁ、都賀、い……い……、きすしてみるか?」
違うこんなことを言いたかったのではないと、内心焦っているだろう御堂は、深く考え込んでいる人の格好のままでもやたらと煌びやかに見えた。仕事も終わって帰ってきて、気を抜いているくらいなのに、その輝きは安売りの偽者ブランド品のジャージさえ、オートクチュールの一品に見せる。明らかな詐欺だ。
これが、御堂の最大の魅力であり才能なんだろうなとなんとなく思いつつ、俺は緩い笑みを浮かべて見せる。
「思春期でもこじらせたか?」
「こじらせてねぇよ!」
顔を上げたあと、すぐに気まずそうな顔をする正直者に、俺も正直に答えてやった。
「正直に言うとしてぇけど、思春期の御堂クンには刺激が強すぎる」
「だから、こじらせてねぇから!」
大方、浅野さんあたりと会話して余計なことを気にかけでもしたのだろう。
御堂のストーカーによるトラウマも相当なものだが、それ以上に、振られ続け、想い人が違う人と想い合うのを見続けてきたことは、御堂を悩ませるらしい。しかも、俺がトドメとばかりに海外に逃げてしまったのは、御堂のなんとか保ってきた前向きさを折った。
だから恋人というものがするだろうことが出来ない御堂は、俺がそのせいで御堂を捨てていくかもしれないという危惧を持っているようだ。
何が出来ても、何が出来なくても、続かないものは続かないし、捨てるときは捨てる。それと同じように、続くときは続いて、何であっても手放すことが出来ない時だってあるのだ。
御堂が俺に拘って悩むように、俺も御堂に拘っているとは思えないのもあるだろう。
「じゃあ、してみるか。こういうのは言いだしたやつがやるって法則あるよな。御堂がしてくれるんだよなぁ?」
そのため御堂が悩んで走っていってしまわないように、時々こうしてガス抜きをする必要がある。
「は?何言って……」
「してくれるんだろ。出来ねぇの?まぁ、魔法使えそうだしな」
「や……って、やろうじゃ、ねぇえ……か」
俺が煽ったせいで出来そうもない返事を貰い、俺は意識して意地悪い笑みを貼り付けた。
「へえ。じゃあ、楽しみにしておくわ」
今すぐできもしないだろうと高をくくっていたせいもあり、上から目線の言葉はまるで、いつ叶うか解らない約束事のようになる。御堂は俺を睨みつけ、椅子から立ち上がると、食卓に手をつき、俺の胸倉を掴んだ。
俺は食卓越しに御堂を見上げる。
「……後悔すんなよ」
俺が見た限りでは、後悔しているのは御堂のような気がしないでない。唇を引き結び、少しだけ震える。怒りなのか、恥かしさなのかは解らない。
「しねぇけど」
そういって、この話題は御堂が無駄に噴火して終わりだなと思っていた。
掴まれたワイシャツが更に引き上げられ、キスをされた。
一瞬の出来事だ。何かがくっついたと認識する前に、何かを剥がすように乱暴に離れていったものを視界に納める。
「……、どう、だ」
やってやったぞと言いたそうな態度と、やってしまったという雰囲気が、御堂の表情を複雑にさせていた。俺は、それを見つめ、小さく呟く。
「どうと、言われても……」
一瞬だったこともあるが、予想外だった。だから、感触を楽しむことも、御堂の様子を楽しむことも出来ずじまいだ。
俺は、ついには死にたそうな顔をし始めた御堂の頬に手を伸ばす。それで顔が逃げないようにすると、顔を近づけ反対側の頬にキスをする。
「よく出来ました、じゃねぇの?」
少し離れて御堂の顔を確かめると、少し口が開いてぽかんとしていた。こうなってしまうと美形も台無しになりそうなものなのにと、内心で笑って、今度は唇に唇を合わせる。
あまり色々するのは今後のためにも、あまりよくないという考えは、このとき浮かばなかった。
気がつくと、何処を見ているか解らない御堂が再び椅子に座っていた。
ひと月、もしくは海外に逃げていた間耐えていたものがあふれてしまったのかもしれない。
しまったと思った。しかし何処を見ているか解らない御堂の顔が少しうっとりとしているのだから、慎重に慣らしたらうまくいくかもしれないとも思う。
そして俺は、何を考えているか察知されないように御堂にこう言った。
「イチャイチャしたいんじゃなかったのか?」
恐らく最初に言いたかっただろうことだ。
金メッキ
メッキがはがれて、宝石が出てきてしまうタイプ
銀メッキ
メッキをはがしたら、余計に強そうな素材が出てくるタイプ
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