金メッキ2
都賀にからかわれながらも、少しずつそれらしいことも出来るようになるんじゃないだろうか。
そう思った矢先に対象が居なくなるのは二度目だ。
一度目は、都賀が好きだと自覚して、それでも告白などして振られないようにと、それだけ気をつけてふわふわとした足が地面につかない日々を送ろうとしていたときである。このときは、都賀が海外留学をして、そのまま帰ってこなかった。
再会してから一事件あったから、俺はすっかり忘れていたのだ。都賀の住処はあくまで海外にあり、所属している会社も海外に本社があり、俺のボディーガードという仕事は一時的なものである。
ストーカーのことも、世間から見れば大変な騒ぎであっただろうし、ストーカーのことで動いてくれた人たちにとって、最大の事件だったかもしれない。しかし、俺はそのことを最後くらいまで知らなかったし、俺にとっての最大の事件は都賀との再会だったわけで、本当に、都賀の仕事だとか現状だとか気にしている余裕がなかった。
「海外戻るって本当か……!」
いつも通り事務所におもむき、仕事の確認や打ち合わせをしていたときに、水木さんが思い出したかのように都賀が海外に戻る話を聞かせてくれたのだ。
俺は、しばらくぼんやりとその話を聞き、打ち合わせが終わるとすぐに都賀を見つけ出し詰め寄った。
「おう、本当だ」
「なんでさっさと言わなかったんだよ!」
「だってお前、それどころじゃなかっただろう?こっちに来たときもそうだったが、半月くらいはソワソワしていたし、つい最近まで仕事も立て込んでたし、昨夜だってそうだろ」
昨夜といわれ、俺は顔が熱くなるのを感じ、首を振る。今はそれどころではない。
「いや、海外戻るのは……都賀はあちらに住んでんだし、わかる。でも、三ヶ月から半年自由がきかないってのは」
「あまり人に話せることはねぇんだけど、お前はボディガードがどういう仕事か、普通よりも認識しているだろ、御堂」
殴りかかりそうな勢いで詰め寄ってしまったが、こうして話していると、都賀がどういった職業についているかを考えさせられる。
御堂の家では、警備員を雇っているし、一部家人は荒事の対処が出来ることを条件に雇い入れることもあった。ボディーガードを雇うのは、脅迫されたときや、危険を察知した時で、俺がストーカーされたときも影ながら見守るガードを雇っていたのだ。
彼らは、警護を始めると寝食から排泄に至るまでコントロールをする。それはどの仕事でもある程度はそうであるし、学校という場でもそうだ。ただし、彼らの場合はよりタイトである。
万に一つがあってからでは遅いからだ。
しかも、依頼主と話し合ってある程度は警護しやすいようにするといっても、どうしても危険な場所に出る必要があることもある。そのときのために、彼らは危険をいかに避けるか、いかに依頼主を守るか、依頼主の意志をどれだけ汲むか、それらを考える必要もあった。
それは依頼主の置かれた状況などにより変化する。
たとえば俺の学生のときならば、影ながら見守りいざというときに手を貸すように言われており、都賀は俺の身体よりも精神を守るために用意されたらしい。この場合、彼らの仕事のほとんどは見守ること、つまり目を離さぬことであり、導入された人員次第で仕事時間は変わる。
それと同じように都賀の時間は雇われている間依頼主次第で、決まるのだ。
「……そりゃ、解るが」
考えれば考えるほど、俺は馬鹿なことをしたように思える。
少し距離を置くようにして、何故都賀に詰め寄る必要があったのかについて考えた。
この話を先ほど聞いたことについて、腹が立ったのだろうか。それはあるだろう。信じられないと思いながらも、特別だと思っていたから最初に話してもらいたかったし、そこそこ詳しい話も最初に聞きたかった。だが、俺より先に依頼主と話すのは普通のことだ。怒っても詮無い話である。
では、都賀が海外に行くことについて思うところがあったのだろうか。これも都賀が海外に行くことは、家に帰ることでもあり、本拠地はこちらではないのだから当たり前のことだ。俺が忘れていただけで、都賀が海外に帰るのは普通のことである。
ならば、都賀に長期間会えないことだろうか。これもまた、都賀の仕事を考えれば解ることだ。そういう時もある。俺が、忘れていた、もしくはわかっていなかっただけだ。
こうして考えると、俺が今、詰め寄っているのは愚かしいにもほどがある。
しかし、理だけで動けるのなら、俺は都賀に恋などしていない。
それでも冷静な部分があるからこそ、解ってしまう。
「……悪い」
解ってしまったから、俺は都賀から離れた。
事務所の一角であったことをいいことに、俺は慣れた足取りでそのまま都賀のいない場所へ向かう。
「悪かねぇよ」
都賀はそう言っても、追いかけてこなかった。俺には少し考える時間が必要だと察してくれたのかもしれない。俺以上に俺という人間を、都賀は知っている。たまにそう思うことがあるくらいだ。おそらくそれは、俺に安心を与え、時折寂しさを感じさせる。
矛盾ばかりだ。なんとも面倒くさい男だと、俺自身でさえ思う。
都賀を見ないようにして、別の部屋に入ると、大きくため息をつく。
この面倒くさく、恋人らしくもない人間を、三ヶ月ならまだしも半年も恋人にしておくこと、再び何の用事もなく会うことなどないのかもしれない。
それが俺を動揺させた。
俺はもう一度、落ち着くためにもため息をつく。
「……ええと、シン。何かごめんなさい?」
そこで俺は漸く、仕事の話が終わったのをいいことに水木さんを置いて飛び出し、挙句、戻ってきてため息をついてしまったことに気がついた。
俺の動揺が目に見え、恥かしさに内心叫ぶ。
「いえ、俺こそすみません」
何もなかった顔をするのは、少々難しかった。
「都賀くんと、何かあった?」
「ない、ですけど……俺に自信もないんです」
水木さんは少しだけ迷って、口を開く。
「シンに迫られたら、誰だってイチコロだと思うわよ?」
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