悪魔でシルバー3
密着体制だということは御堂には告げていない。
深刻な状態だと悟らせたくないという依頼者側からの要望からだ。
そんなわけだから、俺の家がねぇからお前の部屋泊めろよ。どうせ部屋余ってんだろと無理矢理御堂の部屋に押しかけた。
御堂の部屋は学生時代と変わっていなかった。
それもそうだろう。学生時代から御堂は御堂家が持っているマンションの最上階に住んでいる。ストーカーに狙われる前は学生にふさわしいワンルームに住んでいたが、ストーカーが現れ、監禁されかけてからというもの、セキュリティも万全で、管理人さんもしっかり存在するマンションに住んでいた。
世界的モデルになっても、この広すぎる部屋がシンのイメージを壊すこともなければ、セキュリティ面でも優秀とあっては、引っ越す理由もない。
だから、学生時代と同じマンションに住んでいた。
管理人さんは学生時代と変わっておらず、俺はその管理人さんと懐かしい話で盛り上がってから上に行くからといって、御堂をさっさと自室に向かわせ、俺は管理人さんに話しかけた。
「……ストーカーの方は」
「新坊ちゃんも…本当にこんなことばかり…」
もともとは御堂家で御堂付きの執事をしていた宮藤(くどう)さんは、御堂がストーカーに狙われてから、御堂家を辞した。丁度管理人を募集していたこのマンションの管理人になり、今も御堂を見守っているし、守ってくれている。
大学時代から顔見知りである宮藤さんが、送り主が書かれていない封筒を渡してくれたので、俺は手袋をして慎重に封筒をあけた。
赤いバラの花びらと、小さな、白いというか、黄ばんだ何かが入った小瓶。そして手紙。
俺は小瓶を傾け、眉間に皺を寄せる。
「本人は知らないんですよね」
「ええ、もう、こういうことに煩って欲しくないとかで…秘密にするように御堂家の奥方にも言われておりまして……」
傾けたその半液体を鑑識してしまえば、簡単に犯人は捕まるのかもしれない。
しかし、日本にそういった知り合いはいないし、俺を派遣しているボディーガードの会社は、そういったものを調べる機関があるが、海外に会社がある。
海外にこの液体を送っていたのでは遅すぎる。
「DNA鑑定って、いくらでできましたっけ?」
「旦那様なら、できる範囲だと思うのですが…」
とりあえず、この手紙をくれているストーカーは、浅はかだ。
身元がわかるようなものを提供してくれている。
普通ならば、こういった手紙は気味悪がってすぐ捨ててしまうだろうし、この小瓶に触りたくもないだろう。
ストーカーは初期段階は脅迫罪になるが、証拠といっても手紙程度では警察も巡回を増やすといった具合の対処になる。直接死につながるなにかの脅迫ならば、もう少し対応も違ってくるのだろうが、大体は長期戦となるし、警戒されればあちらも警戒して、手をかえ品をかえ。落ち着いたと思った頃に再開などしたりもするのだ。
こうなってくると、誰かがいない時にしかことは起こらない。虚言癖があるのだと思われ、次第に相手にされなくなってくる。
本当に困っている人だけが彼らに連絡をしてくるというわけではないというのもあり、人数の限られる彼らが取り合わなくなってしまうのもあることなのだ。
そうなると、自分である程度は対処しなければならないだろうし、他人の力を借りても身近な人に借りることになるだろう。
調べるにしても金銭が関わってくることだし、俺のようなガードのプロに頼むにしても金銭が関わってくることだ。
しかも、結構な額が動くため、なかなか思い切れないものである。
たとえ、金銭に問題がなくてもこちらが攻撃にでない限りは、こういった手紙を送ったところで、送った側はなにかがあるわけではない。
しかし、御堂の場合は、話が違う。
御堂自身が金銭的に不自由がないし、問題があるとすれば、スキャンダルとなることであるが、個人的にボディーガードを雇うことも調べることも内密にできないことではない。
御堂自身ではなく、御堂家でももっと問題がなく、息子のストーカーが捕まってもなかったことにしてしまえる財力を保持している。
しかも、御堂家の当主とその奥方は、息子を溺愛しており、大学時代も警察に頼んだら、繊細なあの子がまいってしまうだなんて理由でありとあらゆる人材を派遣した挙句、安定剤がわりに近くにいるべき友人として俺が抜擢されたくらいだ。
今回のストーカーも、しっかり宮藤さんに察知されているのだから、御堂家もしっかり関わっているだろう。
御堂自身に知られることなく問題を処理したいのなら、彼らが握りつぶしてしまったほうが早いと思われた。
けれど、御堂家のおふた方は大学時代もそれをしなかった。
遅かれ早かれ、息子が対面するだろう問題だと気がついていたのだと思う。
いちいち首を突っ込んでいられるのは、御堂の父母が生きているうちだけだ。傷が浅いとは言い難いのだが、守れるうちに、対処法を身につけて欲しかったのかもしれない。
しかし、今回は、話が違う。
対処法は身につけているし、本人が知らないのだ。
俺は手紙を広げて、目をさらっと通しながら聞いた。
「握りつぶさないんですか」
誰がこんなことをやっているのか。
手紙をいくら、指紋がつかないように、足がつかないようにと頑張ったところで、DNAがわかる仕組みにしてしまっては、身元もわれるというものだ。
住所のない手紙が届くということは、それなりに近くに住んでいるということであるし、手紙の内容を見る限りシンの近くに犯人はいるはずなのだ。
照合しようと思えば、できるだろう。
「坊ちゃんのことは…心配なのですが」
言葉を切った宮藤さんに、俺は手紙から顔を上げた。
「坊ちゃんの今後の方がもっと心配だったんだそうです」
「いや、対処法は前教えましたし、あれ以上は…」
「いえ、それ以外に」
「それ以外」
「これから、ずっとお一人なのかと…」
「……まさか、宮藤さんまで俺を御堂に一生ついていろとかそういう……」
「あなたしかいないんです…!」
俺は、手紙に再び視線を落とす。
今日、御堂の仕事場にいた俺に対して、あの男は誰だ?随分親しげだが、一体どういう関係だ?と問う内容が含まれたそれに、俺が尋ねたくなった。
「俺は…いいんですけど。俺も所詮人間で、男で、いい人でもないんで…」
『ぞれでもー!』と言いながら宮藤さんが、おんおんと泣きながらすがりついてきたので、鼻水がついたスーツについてしばらく考えることで、俺は現実逃避をはかった。
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