悪魔でシルバー4



御堂の部屋はなにも変わっていなかった。
俺の使っていた部屋は布団などは片付けられていたが、俺が出て行ったままだったし、リビングルームは本やDVDといったものの増減はあるものの、なんの変わりもないようだった。
「お前、ファンとかになんかもらったりしねぇの?」
思わず漏らした言葉に、御堂がハンガーを持ってきて俺に渡しながら、こういった。
「もらったりもするけど、怖ぇから、チェックして大丈夫だったものだけ事務所に置いてある」
食べ物の類は、市販であろうと処分しているらしい。封を開けて閉めている可能性もあるだとか、わからなくても小さな穴を開けているかもしれないとか、それらが簡単に分からないためだ。
一応、ホームページには食べ物は一切受け付けない旨を事務所側が記載してあるのだが、それでも食べ物類をもらうことが多々あるらしい。
「花とかは枯れるし、やっぱ、事務所とか、もらったとこで分けたりとかしてるし、ものとかも、チェックすんだけど……やっぱ、怖ぇんだよ。好意って分かってんだけど」
御堂はそう言ったが、好意だけではないのも確かであるし、好意もたまに行き過ぎれば、盗聴器やら何やら仕掛けられたりする。
もちろん、殆どは好意だと御堂は信じたいようで、言葉を濁したものの、はっきりと好意だと言った。
もし、御堂がストーカー被害に遭っていなければ、言葉を濁すこともなかったのだろう。
ファンといえど、知人や友人とくくれない人間からものを貰い、使うことが御堂には難しいのだ。
「じゃあ、自分では何か買ったりしなかったのかよ」
「電化製品は全部新しくなってるぞ」
「いや、それあんま変わんねぇから。他」
「他……あ、フードプロセッサー買った!あと、水で焼けるやつ!」
趣味の料理がなんだか本格化してきている。
電子式の測りも買ったとかで嬉しそうに話してくれる御堂に、頷きつつさりげなく、部屋の中をざっとチェックする。
今のところ、この部屋であったことは手紙に書かれていないと宮藤さんは言っていた。
もしも、盗聴器やカメラが付けられているとしたら、御堂のいうところの新しい家電などは怪しい。
キッチン用品はたびたび水や油を使われるため、そういったものを設置するには向かないが、トイレのタンクに防水した状態で盗聴器をいれるという例もあるため、ないとは言い切れない。
あとで宮藤さんにチェックをお願いすることにして、俺は、念入りにチェックしてもらいたい箇所を脳内で数えた。
「それじゃ、その料理の腕でも振るってもらおうか」
「あ、いや、用意がねぇから、簡単なのしかできねぇ」
そんなことを言うくせに、鼻で歌いながらキッチンに向かう御堂の背中を見送って、俺はリビングのテレビ前のソファに座る。
ローテーブルの上に置かれたリモコンでテレビをつけたあと、部屋をもう一度きちんと見渡す。
一人暮らしの男が持っていて不自然に思うものはあるか、昔と変わったところはあるか、なんとなく怪しいと思うものはあるか。
ふと、タブレット端末のようなものが立てかけられているのに気がつく。
「なぁーあの白いやつなんだ?」
「白いやつ?どれだよ」
キッチンのカウンターから顔を見せた御堂に指をさして、教える。
「アレ」
「あーアレ。デジタルフォトフレーム」
「へぇ、あれが」
勝手に写真をスライドしてくれたり、デジカメでとった写真をプリントアウトせずとも飾れるだとかで人気のあるものだ。
「電源付けていいか?」
これは職務というよりも、御堂の飾りたい写真というやつに興味があっただけだ。
「いいが、遊んだ時の写真とか、昔の写真しかねぇからな」
許可をもらうと、俺はそのフォトフレームのところまでいった。
フォトフレームの電源を入れようとして、俺は気がついた。
フォトフレームの電池差し入れ部分に違和感、だ。
俺は御堂に見えないようにフォトフレームを眺めるフリをしながら、電池差し入れ部分をいじり始める。
「これいいな。いつのだ?」
「それか?一年前に…いや、先日壊して買い換えたか。たしか最新の……」
御堂の説明に相槌を打ちながら、余分な機械を剥す。フォトフレーム自体に入れられてなくて良かったと思いつつ、電源をゆっくりといれた。
「へぇ…って、おい、昔の写真って、なんで体育祭の写真とか混じってんだよ」
「は?体育祭?」
御堂が、再びこちらに顔を出したのが解った。
俺は、フォトフレームの画面だけを御堂に見せた。
御堂は、しばらくフォトフレームを眺めたあと、急いでこちらにやってきて、俺からフォトフレームを奪おうとしたところで、俺は手をすべらせる。
フォトフレームはいい音を立て、画面に線を走らせた。
「あ、わり」
「いや。……これ…そうか、壊して入れ替えて、そのままか……」
「弁償する」
「いや、その……別んとこにあったのと、かえたやつだったみたい、だから…別に、いい。一年前の型、だし」
俺はフォトフレームと一緒に落とした盗聴器らしきものがしっかり潰されているのを確認し、とどめにフォトフレームを拾うフリをして盗聴器らしきものをフォトフレームの角に押し付けた。
これでしっかり壊れただろう。
「いや、悪いし。デジタルフォトフレームっつっても、このくらいの大きさなら、そんなしねぇだろ」
「新しいの買うから大丈夫だ」
「じゃあ、フォトフレームは置いとく。代わりになんかおごる」
「ん」
頷いた御堂を見つつ、足でしっかり潰れた盗聴器らしきものの残骸を踏んでかくした。
「で、なんで慌てたんだ」
「……学園のやつとかは恥ずかしいんだよ察しろよ」
「お前がふられんぼしてる記憶しかねぇもんな…仕方ねぇわ、そら」
「クソ……だから嫌なんだよ……!」
悪態をついたあと、拗ねたようにキッチンに行ってしまった御堂を見送り、俺はすっかり壊れてしまった小さな機械を見た。
潰れ、壊れていたのは盗聴器だった。
電池のサイズとマイナスプラスを示すシールの後ろに隠された、極薄のそれに、俺は御堂に聞こえないようにため息をついた。
このデジタルフォトフレームがどういった経緯をたどり、この部屋に来たかを探らねばならなかった。

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