いつもみたいにふざけながら、駄弁りながらやってきた講堂は、人がたくさんいるのに、とても静かだった。
『只今より、平成○年度、卒業式を開会します』
晃二が真面目な様子でその言葉を言った瞬間、空気が変わる。
静かなだけで、まだ、緩く、ダラダラした空気が一気に整って…止まった、ような。
そんな空気に。
『卒業生、入場』
さっきまで笑っていたし、さっきまでだるそうにしていた。
今は、誰一人、何も言わず、立ち上がる。
手を叩きながら、卒業生が空席を埋めていく様子を眺める。
俺は、あまり、三年生に知り合いはいない。
部活に入っていないし、友達の先輩と会うこともそんなになかった。
龍哉とはちょっと縁があるけれど、それ以外の三年生とはそんなに縁がなかった。
だから、今、何か思うことはあまりない。
けれど、生徒会役員席にいる尚や渋谷、皐や晃二はおもうことがあるらしい。いつもの様子と違って、怒っているようにも見える顔で、卒業生をむかえる。
『一同、礼』
一糸乱れず、というのはこういうのを言うんだな。
っていう感じで、皆が一緒に一礼をした。
『着席』
座ってからも、皆、背を丸めることもなく、居眠りすることもなく。
国家や校歌、卒業式の歌を歌ったり、色んな人の言葉をきく。
静かに、たんたんと進んでいく卒業式の空気が、心地よい。
なんだか、きれい、だ。
静かな会場に、鼻を啜る音が響き始める。
俯く奴がいる。
泣いている奴がいる。
泣くのを我慢している奴がいる。
まっすぐと前を見たまま、目を逸らさない奴がいる。
そんな中、皐がステージの真ん中に立った。
「どうすれば時が止まるのか、幾度か考えました」
その言葉から、送辞は静かに始まった。
予餞会の時に言っていた言葉とは違って、そこからは先輩との別れを惜しむ気持ちと先輩を尊敬する気持ちがあった。
卒業おめでとうございますという言葉は、心から祝っているように聞こえて、でも少し、切ないように響いた。
「考えても時は戻らず、止まらず。しかし、もし、時が戻るとして、止まるとして。先輩方と過ごした日々をなくそうとは思いません」
ぽつりぽつりと皐の送辞が耳に残っていく。
まわりは鼻水を啜る音でいっぱいになった。
俺はステージから目がそらせず、ただ、色々な音を聞いていた。
送辞が終わると、答辞だった。
卒業生代表はやはり、元会長。
どこかで聞いたような普通の答辞。
丁寧な言葉、お手本のような答辞でもあった。
なんだか、たんたんと冷たく、事務的に言っているようであった。
思い出を話し終わったあたり、元会長は、答辞のかかれた紙を畳んだ。
「…もし、時が、戻るとしたら。止まるとしたら。また同じように繰り返したい。一番楽しかった時期に、時間を止めたい。けれど、毎日が楽しかった。三年間、息つく間もなく過ぎた。止めたい時間がありすぎて、止まる時がなくなってしまうくらい」
役員席で晃二が眉間に皺を寄せた。
皐が、微笑した。
他のメンツは、泣いていた。
「三年間、本当に、ありがとうございました」
答辞は、その言葉で終わった。
元会長は、ステージの上で笑った。
俺は、思わず、泣いた。
もらい泣きなんだからな…!






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