便所に備え付けの鏡で焼き蕎麦パンの名残をチェックする。
あのパン、美味しいんだけど海苔が多すぎる。紅生姜すくないくせに。
結局少年は、生徒会長の言葉どおり俺が食べ終わるのを待って、俺の名前を聞いた。
ちゃんと答えてやったよ。いいかげん鬱陶しかったんだ。
まぁ、名前で呼ぶっていわれて、それも拒否しなかった。仕方ない。那須は俺だけじゃない。兄弟であるたっちんも那須だもの。
だけど、俺を那須と呼ぶやつは結構多い。まぁ、たっちんに関わらない奴は俺を那須とよぶ。クラスにもうひとりコウジがいるからな。
便所の外に出ると、さっちゃんが不機嫌そうに俺を待っていた。
おいおいさっちゃん、あんたはツレションに行った友達を待つ女子高生かい。
「不機嫌な理由きいていい?」
「…知ってる、癖に…」
さっちゃんは俺と二人きりになるとわりとよく喋る。
俺が、話さない事には解らないこともたくさんあるぞと、解っていても解らないふりをすることが多いからだ。
「俺、直接、皐から聞きたい」
珍しくちゃんと名前を呼んでやる。
便所のすぐそこで、これはちょっといただけないなぁとは思うけれど、皐の機嫌は何処にいても変わる。
「………名前、嫌だ」
「呼び捨て?」
「ん」
溺愛する総長が俺を呼び捨てにするのが気に入らないらしい。そういうところがやっぱり、可愛い人だ。
「許可も、嫌だ」
「そう…じゃあ、総長に可愛く駄目って言っておくといいんじゃないかな」
「晃二」
少し語気が強くなる。常にぼーっとしているくらいのさっちゃんにしては珍しいことである。
「兄上殿と総長さんが知り合いでいる限りは、那須と呼べとはいえない」
赤毛を撫でる。
もちろん手はきちんと洗ってあるし、ジェット乾燥させといた。やっぱ、金持ち学校は違うねぇ。ハンカチタオルいらずだ。
「そろそろ機嫌直さない?便所付近でラブシーンってちょっとどうかと思うし」
「…そのまま、なだれ込んで、エッチ」
「えー衛生上によくないっつか、防音なってないじゃん。俺、危険は犯したくないぞ、もう」
「今更」
「今更でも」
とんでもないことを言ったさっちゃんは、眉間に皺が寄った。まぁね、何回かトイレでいたしちゃったもんね。何度も一緒だという理論ですか。大胆です、さっちゃん。
「サボる」
「…どうしてもエッチな方向なわけ?」
「…皐って、いうの、卑怯」
そうですか。そうですよね。エッチの最中でも滅多にいいません。
まぁ、いいか、たまには。と思ってしまう俺も立派に性春中です。
そして、俺はさっちゃんと授業のチャイムが鳴る前に、寮に戻る道のりを歩くのでした。