授業なんてさくっと終わって、放課後。
「皐月祭そろそろだよな」
学校の敷地内に存在しない寮に帰る前に寄った、街のあちこちで掲げられる皐月祭の文字をみて、東海林が呟いた。
この学園が立地している地域は大変なお祭り好きだ。
この地域には、二つの大きな学校が存在していて、何かといえばその学校、地域をひっくるめ行事をしたがる。
愛しのさっちゃんの名前がついた祭りも、その一つで、最初は二つの学校がゴールデンウィークあけでだらだらしがちの生徒達にはりを与えるための祭りだったのだが、そこに地域活性化だといって地域が便乗したことから大きな祭りとなった。
今では、この地域では黄金と呼ばれた一週間に近い休みは、その準備期間でしかない。
二つの学校の一つは奇条学園(せいじょうがくえん)、もう一つはオーソリティーパーソン学院…略してAP学院のという。
奇条学園は俺が現在通っている学校で、AP学院は俺が学園にくる前に通っていた学校だ。
生まれてこの方、旅行以外でこの地域を離れたことのない俺にとってはなくてはならない祭りであり、遠くからきた奴らにとっては、驚きの祭りであるといえる。
簡単にいえば五月に行われる街ぐるみの文化祭を縮小したものなのだが、縮小したといえ、街と学校二つをひっくるめた祭りは大きすぎるといっていいだろう。
東海林は中学の時に此方に来た口なので、まだマシだが、高校から外部入学などした日には、この馬鹿騒ぎになれないまま卒業ということも有り得るだろう。
兎にも角にも、そんなイベントの一つが皐月祭だ。
俺は子供の頃から参加している祭りであり、中学の頃は何かとぱしらされ、ステージをやらされたりした行事である。
「ああ、それで、軽音のライブあるのか…」
「え、さっちゃん様唄うの?」
「たぶん、後夜祭あたり」
小さくガッツポーズをとった東海林は、さっちゃんのファンの一人であり、こう見えて意外と音楽少年だ。MP3を片時も離さず、充電器も常に完備。部屋の中はCDでまみれている。
「最近、さっちゃん様、唄わなかったからさー…」
「仕方ない、バンメンの一部はAP学院と外部の人だし、最近成績下がったとかで勉強してたからな」
「へーそうなのかー」
頷いて、皐月祭と書かれたフラグを眺め、俺はため息をつく。
去年は学園に転校したばかりだったが、否応なくAP学院側の連中に使われた。今年は学園側の生徒会に使われそうな予感がする。
便利に使われすぎて、中学くらいからこの街のイベント事をゆっくりと楽しむことはなくなった。
その上、学院と学園で自由に過ごし、かつ、なんだかんだ使われてきた俺は、イベントが迫るごとに二つの学園を行ったり来たりを繰り返し、最終的には気がつけばすべてが終わっていたりもする。
「はぁ」
「最近はため息多いな、那須」
「何か、何で俺ってこう…器用なのか不器用なのか…結構つかれるねぇ」
「どーんまい☆」
友人は、俺と遊ぶのは楽しいけど、厄介ごとはごめんだと思っているので、生暖かく見守る姿勢らしい。心底巻き込んでやりたいのだが、それはあまりにも酷だと思ってしまう辺り、俺はこの友人に甘い。
「人気者は辛いねぇ」
「うわー有り得ない、自分でいうなし」
とはいうものの、今年はそう思えばたいして使われていない。
こうして友人とゆっくり帰れることもこの時期だと有り得ないことであるし、さっちゃんライブもそう思えば、の領域だ。
まぁ、軽音楽部がゲリラライブを気取って、不親切なことに日時を伏せているせいでもあるのだが。
嫌な予感である。
もしかしたら、当日に無茶振りをされるのかもしれない。
それを回避し続けることもできるのだが、ある程度協力したほうが今後が楽なのも重々承知しているため、よっぽどのことでなければ避ける事も躊躇われる。
そうしてため息をつく。
最早これは仕方がない。
そうだ、今は明日に控える決闘のスピーチについてでも考えておこう。
…ひとはそれを現実逃避といったかも知れないが、俺の知ったことではない。