すげー歓声は、南がステージの真ん中にあるマイクの前に来たときにぴたりと止んだ。
協調性とかいうやつが成績に書き込まれていたら、まず間違いなく二重丸ってかんじである。
南のスピーチの内容は、まったく小難しいことじゃなかった。南の夢であるという駅伝について熱く語った内容だった。
『朝、一年の始まり二日目、初春は夏を越える『あつさ』を迎える。』から始まったスピーチは、なんだかんだあったあと、涙すら誘った。目の端に涙を浮かべる奴もいた。
俺も、ほんの少し熱くなった。な、ないてなんていねぇよ!
やべー俺、来年の正月はハイビジョンで朝からテレビだよ!
南のスピーチは一分を超えることなく、57秒という好成績で、聞いている俺としては、一分なんかより長く感じる内容のような気がしたし、57秒にしては早かったんじゃないかという内容だった気がする。
ぶっちゃけ、おもしろかった。ということだ。
次はいよいよ晃二の出番なわけだが。
晃二って、すげーすげーいわれて、伝説とかいわれてるけど、四日前にここに来た俺にとっては、さっぱりで、印象としては派手だとか、人のはなし聞いてるくせに聞いてないとか、ちょっとおかしなやつとか、そんなだ。
南を越えるスピーチなんてするようには見えない。
『では、那須、どうぞ!』
那須がマイクの前に立った瞬間、南とは違って、一瞬どっと会場がわいた。
那須が面白いことをしたわけでもないのに、会場のそこらかしこで笑い声が聞こえた。
不思議に思っている間に、那須のスピーチは始まった。
結果からいうと、59秒に近い58秒という成績をたたき出した晃二の勝利だった。
晃二のスピーチは相手の好成績など気にした風もない、ゆったりとした穏やかな出だしだった。
南と同じように小難しいことを一切いうことのなかったスピーチは、すごかった。
一分間という短い中の笑いと感動だった。
まだまだ聞いていたいと思うそれは、『そうして俺は、一言いうのだ『これで、おしまい』と。』という言葉で終わった。
内容を説明するのは、難しいというか、駄目なんじゃないかと思う。この場の、この雰囲気がすべてなんだろう。
晃二が締めくくったときに沸き起こった拍手は、なんだろう、自然と両手をぶつける動作になった。
なんとも納得のいく勝利だったと思う。
ギリギリの勝利だが、南も『やはり那須さんには叶わないなぁ』と緊張していたんだろう、肩から力を抜いた。
「すげー…」
思わず呟いた言葉に、不機嫌な様子で皐が眉間に皺を寄せたなんてことは、あとで知った。
十夜がそんな皐を心配そうにチラッと見て、遼が苦笑をして、恭治が俺の言葉に頷いたなんてのも、あとから知ったことだ。
勝利者インタビューというのが始まった辺りも、俺はぼんやりとしていた。
いつも通り一つのことに集中すると周りが見えない俺は、もちろん、今朝、尚に忠告されたことなんて頭に無かった。
俺が誰であるかとか、どんなことしてきたとかそういうのすら頭に無かったんだから、当然といえば当然なんだろうな。
特別席に近づくヤバイやつなんて、普段はいないも同然らしいのに、勢いあまったというか、勢いがついたときに普段いるはずの無い『天の総長』がこの場にいた。ということが駄目だったらしい。
気がついたらぐいっと盛り上がり、総立ちしていた人ごみに引き込まれ、驚いているうちに、人ごみでもまれた。
いつもならもっとうまく立ち回れるはずなのに、俺は現実に帰ってくるのが遅かったし、驚きのあまり、一瞬何もできなかった。 やばい、ヤバイ、どうしたらいい…?そう思っている間に誰だかしらねー奴が殴りかかってくる。
俺は避けることもできないで、頬に一発食らった。
このままじゃ俺もだまっちゃいられない!と思って、足を踏ん張った。
しかし、乱闘になる寸前で、それは終わった。
不機嫌そうにだが俺を見ていた皐は、目を見開いて、息を吸い込み、躊躇無く叫んだ。
叫んだというか、あれはシャウトだったと思う。
何処から出てくるんだという、激しいシャウトは言葉じゃなかったが、この学園の連中じゃなくとも止めるのは容易かったと思う。
無理矢理あげたように聞こえなかったシャウトは、近くにいたやつらの耳を破壊したにちがいない。
俺も、耳が痛かった。
場違いなくらい静かになった、その場で勝利者がマイクを通してこう言った。
『……そうして俺は、一言いうのだ『これで、おしまい』と。』
…誰がうまく言えと!