面白い状況


決闘はギリギリ勝った。
一分間の戦いはいつも僅差でおわる。
南くんも頑張ったというか、熱かったんだけどねぇ。俺も伊達に場数ふんでないしね。
スピーチが終わったあとに、乱闘になりかけたのは、みんなのアイドル皐様によって阻止されたし、問題なかったんじゃないかな?騒ぎの中心は少年だったんだけど、俺が声かけたら、ウワって顔したよ。
少年よ、今こそ言わせて貰おう。
君も失敬なやつだねぇ。
決闘トトの結果、たっちんの懐もなんだかんだ潤ったらしいしねぇ。羨ましい。
ヅラもとれたし、眼鏡もお洒落アイテムと化してしまったから、鬼ごっこも決闘も、ぐん…と数が減るかもしれない。
事実、アレから数日たった今日の鬼ごっこは、かなり数が減っていた。
ちょっと楽だな。
そんなことを思いながら歩く街は、相変わらず皐月祭一色だ。
今年の皐月祭は珍しいことに、何処からも手伝えと言われておらず、いつもと違いすぎて逆に嫌な予感しかしない。
奇条の生徒会は濃い。しかし、それの上をいくかもしれないくらいAP学院の生徒会も濃い。
それこそ立っているものは親でもつかい、猫の手も借りてしまうくらい人使いも荒い。
それなのに、何も言ってこない。
不気味だ。
そして、何かあるのではないかと思うたびに欝だ。
そんな憂鬱な放課後。
俺は珍しく、お呼ばれをしていた。
お馴染みの生徒会連中や、風紀委員会の連中ではなく、もちろんどっかの学院の生徒会とかでもない。
俺が奇条学園に転校するより、前。詳しくいうと中学入ってすぐくらいの時からの知り合いだ。
戸田傾城(とだけいじょう)。尚ちゃんの五つ上のお兄さんで、AP学院の卒業生。俺の四つ上の先輩にあたる人で、俺に足技を仕込んだ人でもある。
どっかの赤毛のわんこ曰く、愉快な仲間達の太鼓担当。
うん。さっちゃんの組んでいるバンドのドラム担当。現在大学生、美容院でアルバイト中の尚ちゃんより髪が派手かも知れない気のいいお兄さんです。
そんな人に『制服の予備を持って、此処に来い』って画像が添付されているメールをいただいたわけです。
画像が示す場所はスタジオでした。
「へっろーう?」
ケイさんにお呼ばれしましたーん。と、スタジオの人にいうと、使用中の部屋を教えてくれました。ケイさんは、来たときに手を回してくれていたようだ。
部屋の外から様子を伺うと、話をしているだけだったようなので、軽くノックをし、返事を貰い、軽く挨拶した結果がコレ。
ドアを開けると、ケイさんが座るべきだろう場所にさっちゃんが座っていて、ドラムスティックを鉛筆回すみたいに回していたが、俺が部屋に入って来たことにより、回転は止まり、スティックが指からお別れ。
スコアに鉛筆を走らせていたベーシスト・坂井ちゃんが一度こちらを見た後、もう一度スコアに視線を戻して、もう一度此方をみた。二度見。
ギタリストのみっくんにいたっては、ケイさんと話していたにも関わらず呆然と俺を見る。
俺が来ることを知っていたケイさんは、憎たらしくも一人だけ余裕綽々で此方に『よ』っと手を上げて挨拶を返してくれた。
「うっわーなんかお久しぶり、番長」
「マジ、バンチョー?あ、んな、派手ながは、番長しかおらんか」
「……学院では、俺はまだ番長なんですか」
坂井ちゃんは俺と同年で、みっくんはケイさんの二つ下。
この二人に共通しているところは、AP学院だ。
坂井ちゃんは在学中。みっくんは卒業生。
共に俺が学院にいた頃を知っている。
俺は学院にいた頃、不名誉ながら『番長』と呼ばれていた。不良だったからとか学院をしめていたからとかいう理由ではない。
オシャレ番長とかいう、今の時代にそれは酷い…というような名称から『番長』と呼ばれていた。
「だいたいねーそれね、すごく納得できないんだよねぇ。ケイさんだって、すごくオシャレじゃん。特に今なんて髪とか派手で、髪がピンクに赤に黒だぞ?驚きの三色分割」
「髪とかいう問題や無いき。派手さいうたら、番長に適うもんは、この辺にぁ居らん」
驚くほど方言を使ってくるのは、ギタリストみっくん。学院時代は芸術科の音楽コースに在籍していたほど、音楽に塗れていた人で、今もこのスタジオでバイトしながら、専門学校で音楽関係の何かを学んでいるらしい。
「そうそう。で、灰谷に用事…とかじゃないんだろ?」
ベーシストの坂井ちゃんは、スコアに未練がましく、もう一度、視線を落としたあと、俺に尋ねた。
坂井ちゃんは俺が学院に在籍時、隣の席にもなった人で、濃くて仕方ないAP学院高等部生徒会役員の一人だ。
ケイさん、みっくん、坂井ちゃん…三人とも、実はさっちゃんより俺と長い付き合いがある。
そのせいなのか、さっちゃんは俺が三人といると微妙な顔をすることがある。
今は、驚いているだけだが。
さっちゃんが驚くのも、坂井ちゃんがさっちゃんに用事が無いだろうと言うのにはワケがある。
さっちゃんは、練習風景などを俺に見せるのを嫌がるからだ。
ステージ上の自分自身しか見て欲しくないというワケではない。俺が気になって練習にならないというわけでもない。
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