「そ。今日はケイさんにお呼ばれしましてー」
いうと同時に手に持っていた紙袋を掲げる。…けして差し入れではない。
ガタンッ…と椅子から立ち上がって、ケイさんを睨んださっちゃんは、驚きから立ち直り不機嫌そのものだ。
ケイさんは、不良高校生で不機嫌ボーカリストの睨みなど何処吹く風といった様子で無視をした後、言葉と同時に掲げた紙袋に視線を移した。
「お。持ってきてくれたか」
俺も不機嫌なさっちゃんを無視して、頷く。
「言われたとおり、予備の制服一式。普段着るので良かったんだよな?」
「おう。まぁ、指定のシャツとスラックスだけでよかった気もするがなぁ…」
俺から紙袋を受け取り、中身を確認しながら呟く。
「何?コスプレでもすんの?」
俺とケイさんの服のサイズはほとんど一緒である…ただし、ケイさんの方がいい体をしているため、ぴったりかといえばそんなことはない。そこの辺りはケイさんの着こなしでなんとかできることだろう。
「まぁ、そんなもんだ。俺とミツは、もう外部の人間だし、特別許可がねぇと後夜祭なんかには出れねぇ。特別許可はおりたんだが、その条件が『我が校にふさわしい正装で』ときたもんだ。…イライラしたから、てめぇの学校の制服で行ってやらぁって、いうんで…」
「え。やったら、俺も、奇条の制服手に入れたいやんか」
「わお。じゃあ、俺も奇条の生徒会に貸してもらおう〜」
どうやら、ケイさんはイライラしたのでコスプレをするらしい。
みっくんはちゃんとした正装でいくつもりだったらしいけど、ケイさんがそうするつもりなら、自分もやりたいと言い出し、AP学院の生徒である坂井ちゃんは着る必要も無いのに、かりるといいだした。
仲がいいバンドだねぇ。
感心しながら、しばらく放っておいた不機嫌なさっちゃんに、視線を向ける。
「と、いうことは、後夜祭のライブ会場、奇条なんだねぇ、さっちゃん」
わざわざ名前を呼んだのは、さっちゃん以外が答えないようにするためだ。
「……」
相変わらず不機嫌なさっちゃんは頷くこともしない。
「さっちゃん」
うっすら笑うと、一瞬、苦い顔をしたさっちゃんは、頷いた。
「嫌なのは知ってるけどねぇ。そこまで拒否されると、なっちゃん悲し〜」
誰もが、性格が悪いというだろう笑みを浮かべたまま言った言葉に、さっちゃんは何も言わなかった。
「まぁ、用事はすんだし、サツキクンが嫌がってることだしィ〜帰りますよん」
きたときと同じように軽く挨拶をして帰る俺に、ケイジョウさんが言った。
「ほどほどにしておけよ?」
さぁ、何のことでショー?



スタジオから帰る途中、学院から学園に帰る生徒会長を見かけた。
「おっす、かーいちょ」
声をかけると、俺がやってきた方向を見てため息をついた。
「何、人見てため息つかないでちょーだい」
会長は、携帯を出すと確かめるように画面を睨んだ後、俺を見て再びため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるというのなら、会長の幸せはとても儚いと思う。
「今日、皐がスタジオで練習だって聞いてたんでな」
「へーえ。会長には教えるんだねぇ」
「お前には言わねぇだろうな、心底嫌がってたから」
心の底から嫌がられるとか、すごいよねぇ。
たとえば、総長少年とか…会長とおなじように幼馴染である水城とかがスタジオに見学に行っても、さっちゃんは不機嫌になったりしない。
いつもの調子でいつものように、ただ、歌うんだろう。
ただ、俺だけは、さっちゃんにとって特別らしい。
「で、ため息ついたのは、やっぱり、俺がスタジオ行ってたと思ったから?」
「そうだ」
「あは。さっちゃん愛されてるぅ〜」
会長が三度目のため息をつく。
幸せがワゴンセールをしているようだ。ため息をつくたび、会長の気分は低下している。
「お前…兄より性格が悪いと言われたことはねぇか?」
「おにーたまにはよく言われます」
「……お墨付きか」
会長はひどいねぇ。けど、まぁ、それも仕方ない。
会長と水城はさっちゃんの幼馴染だ。
なんでも家ぐるみでお付き合いがあるんだそうな。
水城とさっちゃんが不良になっちゃったのも、会長の影響だというくらい、三人とも仲がいい。
だから、わりとしっかりしている水城と会長は、マイペースなさっちゃんを心配しているようだ。
俺とさっちゃんが愛人だということに、心配せずにはいられないらしい。
まぁね、普通、愛人とか、本命がいない高校生同士がなる関係ではないものね。
いっその事、セックスフレンドなら、まだマシっていえたかもしれない。…それも、どうかと思うけど。
「まったく、皐もこんなのの何がいいんだ」
「反論できないから、会長、もうちょっとオブラートに包んで」
幸せワゴンセールはなお、継続中。
ため息は四回目。
ついでに会長は首を振った。
「誰が優しくなど言ってやるか。今回、皐の要望で那須晃二使用禁止令までしかれてんだ。八つ当たりもしたくなる」
あ、それで俺、今回の皐月祭、暇なのか。
さっちゃんもすごいことするねぇ。
「…皐とお前のことについては、俺も十夜も思うところがある。だが、結局、皐が決めることだ…が、ため息も出るし、八つ当たりの上乗せもしたくなる。だから、オブラートなんぞクソくらえだ」
会長は相変わらずおっとこまえです。
そりゃあ、さっちゃんも頼ってしまうし、全校生徒が一生懸命生徒会選挙で投票しちゃったりしてしまうだろうねぇ。
「老婆心をだすと…祭りは一緒にまわってやれ」
そういった生徒会長は、そろそろ生徒会長を降りる時期だ。
皐月祭が最後の大きな仕事といってもいい。
今回の皐月祭には力を入れていることだろう。
人の心配をしている暇などないだろうに、本当に面倒見がいいなぁ。
「んじゃ、ま、俺とさっちんのことは置いといたとしてー。さっちんの厚意か下心かは不明だけど、一緒に皐月祭楽しませてもらいますかね」
「そうしてくれ」