帰ってきて、寮の部屋でのんびりしていると、夜遅くに灰谷が帰ってきた。
明らかに寮の門限をすぎているが練習をして帰ってきた日は、だいたいこのくらいの時間である。…どうやら、ストレス発散に誰かと喧嘩をすることなく帰ってきたらしい。
「…晃二」
ノックはせずに、恐らく部屋のドアの前で俺に声をかけたのだと思う。
声は平素よりも淡々としていて、感情を伺わせない。 俺は答えず、待つ。
ケイジョーさんが何か言ったのか、それともさっちゃん自体が何か思ったのか。
どちらでも、俺の態度は変わらない。
「起きてる?」
「起きてなーいよん」
わざとそう答えると、ドア越しにさっちゃんが笑った。
「嘘」
「んーまあね」
そろそろドア越しに会話をするのも何かおかしいなと思い、ドアを開けると、ドア前に立ったさっちゃんが眉間に皺を寄せた。
「それで?」
視線は俺に向けられ、そらされることはない。
「…ごめん」
スタジオでのことを謝ってくれたらしい。
俺は、スタジオでのことも、嫌がられることも、怒っていないし、不機嫌になることもない。
むしろからかって、楽しんで、ケイジョーさんに注意されたくらいだ。…あれは別にスタジオでのことだけではないのだけれども。
「そっか」
優しく笑ってみせ、髪を撫でる。
さっちゃんは、スタジオにいたときと同じように、一瞬苦い顔をしたあと、いつも通りの表情に戻った。
「ん…そう」
甘えるように肩にもたれかかってくるさっちゃん。
ふと、共同スペースの時計を見ると、夜の12時を回っていた。
今日、起きるのちょっと辛いかもしれないなぁ。
そう思って、頭を軽くポンポンとたたくと、愛人は頭を上げた。
顔を見つめると、珍しくお節介をしてきたケイジョーさんと、しきりにさっちゃんを心配していた会長を思い出し、思わず聞いてしまった。
「…ねぇ、まだ、愛人でいいの?」
「……愛人、希望」
一年前と同じように答える様子は、いつもと同じようだ。
欲が無いねぇ。
一年前と同じように思った後、緩く横に首を振る。
「…駄目?」
「あ、違う違う、愛人のことじゃなくてね。独り言みたいな?自分の考えの否定?…で、恋人じゃなくていいのね?」
さっちゃんが欲がないわけではない。
この位置が、現状では一番いいのだと、さっちゃんが知っているだけだ。
「ん。…恋人、なんて、無理」
「あっは、傷つくー」
「嘘」
「まあねぇ」
愉しそうに笑った俺に、予告も何もなしにちゅーをして、さっちゃんは再び甘えるようにもたれかかってきた。
「何?今夜は寝かせてくれない?」
「晃二、次第」
引きずるようにして部屋に、さっちゃんを入れた。
恐らく、今日は寝不足だ。
この調子で眼鏡奪われたらどうしようかねぇ…。