いうは易し、行なうは難しと昔の人はよくいったものだ。
残念ながら、俺は、決めたけれど面倒くさかったから実行しなかった…という、典型的な駄目っぷりをみせていたワケなのだが。
時がすぎるのは早いもので、期末試験も昨日終わって、球技大会が翌日に迫っていた。
恋文はもらったものの、タイミングが悪かったのか、なんだかんだと部屋も一緒であるのに、さっちゃんと擦れ違ったままだった。
それが、だ。
今日になって新たな展開を見せていた。
そして、俺は、非常に困っていた。
共同スペースのソファで、俺にべったりと引っ付いたわんこが、トイレにも付いて行くといいかねないくらいくっついて離れないのだ。
それというのも、数十分前の俺の行動にあった。
不覚にも、俺から接触しようかなと思ったのが間違い。
もともと人に引っ付きたがる質がある灰谷さん。ついに面倒だと先延ばしにしていた行動を起して、共同スペースで待ち伏せた俺がさっちゃんと目が合うとすぐに手招きした瞬間、さっちゃんの我慢したというか避けてきた分というか…とにかくその分の何かが決壊したらしい。
飛びつくってああいうのを言うんだろうなという勢いで、俺に抱きついた。
ぶっちゃけ、受け止めたくはなかったのだけれども、自分から接触すると決めたのだからと、受け止めたのも良くなかったのかもしれない。
抱きつかれたら、勢い良かろうと、少々身体が痛かろうと、抱き返すのは習慣のようなものだ。
腰と背中に腕を回し、緩く抱き締めると、俺の肩口にぐりぐりと顔を押し付けたあと、少し恨みがましげにさっちゃんは俺を見ていった。
「晃二、ずるい」
離れようとしたのも、離れられなかったのも、避けたのもさっちゃんがやったことだ。
当事者なのに、何時も何の行動を起さない俺が、珍しくこんなことをしたというだけでもさっちゃんにとっては意味があることだったのだろう。
その上、自分でやったこととはいえ、俺から離れるのはかなりの我慢を要したようである。
それこそ、トイレに付いて行っても仕方ないといった様子である。
俺が目を合わせて手招きするだけで、いとも容易く、我慢も決心も崩されたのでは、それはずるいとも言いたくなる。
少しすると腕の力は緩められ、近況を尋ねられた。
「…生徒会……に、なる、のか…?」
途切れがちな言葉は、避けられる前と違って単語ではなくなっていた。
「立候補取り消さなかっただけだから」
「晃二、は、なる…!」
生徒会長もそうだけれど、どうしてそんなに自信があるのかわからない。
実力があるという面では、全校生徒が認めるところかもしれないけれど、性格に難がありすぎるだろう。
「…役職…は?」
「あー。おにーたまか、さっちゃんの幼馴染の後釜って、最近聞いたよ」
「………!」
緩められた腕の力が再び入った。
いいかげん、俺も、ギブって言っていいかしら?だって、人間だもの、痛いんだもの。
「俺、も、出る…!」
…それこそ、当選確実というやつなんじゃないだろうか…。俺は、さっちゃんの背中を軽く叩いてギブアップを訴えながら、首を捻る。
「…部活は?」
文化部長であり、軽音楽部の神と呼ばれる灰谷皐くんの伝説で、各委員会の争奪戦をされていて、特に生徒会、風紀からは熱烈にアタックされているが、クラブが最優先。というのがある。
去年はまさしく、そういう理由でお断りをしたのに、文化部長に選ばれ、副部長にかなりの負担をかけていいのならという条件で就任したはずである。
ちなみに、副部長はその際、二つ返事でうなずいたという、これも伝説になってしまっているのだが。
「クラブ、より、晃二」
ふと、『仕事と私、どっちが大事なの!』と言われた企業戦士に『お前に決まってるだろ!』言われた気分になった。いやいやいやいや、だいたい、比べるべきことじゃない。
「いや、生徒会の仕事はさすがにしなきゃだし、忙しいのはさっちゃん、かいちょーみてて、解るでしょ」
再び緩めた腕の力を、今度はいれることなく、珍しく少し笑った。
「歌…別に、場所、選ばない…」
俺の前では歌いたくないのに?
思いながらも、聞くことは無い。
いつもとは違って、俺が苦笑する。
生徒会長ではないけれど、何をそんなに気に入っていただけたのやら。
「あと、晃二…は、いつまでも、いない」
単語が言葉になっても、さっちゃんのいうことは抽象的だ。どうとでもとれるし、そのままにもとれる言葉の使い方をする。
それは言葉遊びのようにもみえるし、決めかねているようにも、卑怯なようにもみえる。
さっちゃんが選び抜いた言葉だというのは、感覚的に解る。…解っているつもりである。
こういうと俺はさっちゃんのこととか一番良く理解しているように思えるが、本当のことをいうと一番よく知っているのは俺ではなく、水城や会長だ。
だからこそ、いったい、何がそんなに気に入ったのかというのは思うところである。
でも、こういうのは、そういうのじゃないのだろう。…指示語ばっかりで申し訳ないが。
「生徒会、忙しい。…晃二といる時間…が、減る」
愛されてるなぁっていったら、自惚れでしょうか?
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