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「生徒会会長・副会長候補の灰谷皐です。私、灰谷皐は多くの方々に推薦され、この場に立つことと相成りました。前期、前々期もこのような機会をいただきましたが、私はこの場に立つことを断り続けてきました」
そう言ったさっちゃんの言葉にまったくよどみはない。…カンペはガン見だけど。
いつもはたどたどしいと言うか、この間まで単語単語で話していた人間とは思えないくらい堂々とよどみなく話す様子に、誰もが驚いているようだった。
でも、よく見なくてもさっちゃんはカンペを読んでいるだけだ。自分で考えて、書いてきたものだけど、暗記してきて訴えかける話し方だって、きっとできたはずだ。
だって、これ以上に堂々と人の感情を揺さぶるように、さっちゃんは歌えるのだから。
「皆さんの期待に応えることなく、『部活動に専念するから』と、言い続けてきました。そんな私が、この場に立った理由は唯一つです。…那須晃二が生徒会役員選挙に出たからです」
会場がため息をついた。
心配のとか呆れたとかそういうため息ではない。
安堵のため息、だ。
皐さまはそうでなくっちゃねーみたいな、ため息。
半年ほどで、俺にひっつく灰谷皐はかなり浸透している。
生徒会役員選挙に立候補することも、こうしてよどみなく演説している姿も常に無い姿で、かっこいいといわれる前に、非常に心配をされているようだった。
だから、俺がここで出されたことにとても安堵したらしい。なんだかとても切ない気分になったよ、俺は。
「私利私欲ばかりの私ですが、生徒会役員となったのならば、そのことに皆さんが誇れるような役員になりたいと思います。よろしくお願いします…那須晃二の分もよろしくお願いします」
本気で私利私欲だよ、さっちゃん。
カンペを隠すことなく畳んで、彼はそれをもって、こちらに帰ってきた。
やりきった感いっぱいで帰ってきたさっちゃんは、一度俺にぎゅっと抱きついた。
「…さっちゃん、やる気というか、正直すぎないか」
「…知らない」
ぎゅっと抱きついて離れないので、もう一度『めっ』とたしなめると、やはりしょんぼりと………腐った人がステージの隅の隅に隠れたうえに、兄上の肩に寄りかかって悶えるのを耐えているのが見えた。…兄の趣味を疑うよ。
そうこうしているうちに、俺は呼ばれ、ステージの中央に立った。
俺はさっちゃんとは逆でカンペはもっていない。
もっていないというか…一切話すことを考えてこなかった。
「こんにちは、生徒会会長・副会長候補の那須晃二です。ご存知の通り、今期の副会長である那須龍哉の弟であり、先程演説をされた灰谷さんと仲がよく、校内で鬼ごっこをしたり、決闘をしたりと騒がしい男です。この場に立ったのも、鬼ごっこの最後の砦の眼鏡を今期の生徒会長に奪われたからという、とてもやる気があるように思えない理由からです」
まぁ、やる気なんてなかったんだから当然と言えば当然なんだけど。
「…ぶっちゃけ、やるからには一番になろう。という気概もなければ、よりよい学園生活を提案しようという強い気持ちなんてありゃしません」
口調が崩したのは、せっかくだから、本音を言おうと思ったからだ。
他意はない。
「だけど、すべて潰す気もさらさらない。これまでもこれからも、この学園に関わるすべての先輩後輩が維持してきたこの学園の誇りを、俺は維持したいと思う。もし、こんなやる気ない俺が選ばれたら、の話ですけどね」
ステージ上で笑う俺。
静まり返る講堂。
「あまり長いと申し訳ないので、以上で終わります」
よろしくお願いしますとも言わず勝手にステージの隅に戻った俺に、再びさっちゃんが抱きついてきた。もう嗜めるのもめんどうになってきたなぁ。
会場が音を取り戻したのはその後すぐだった。
拍手なんてのは微妙なもので、やっぱり那須晃二だよなぁという反応がこれもまた微妙で、笑えた。



演説が終わり、一番最初にあたるクラスをさっちゃんを引きずりながら確認にいくと、そこには生徒会長がいた。
「お前もバスケか?」
「いや、さっちゃんがバスケ」
「あー…毎年バスケかバレーに入れられてるからな…」
納得したように頷く会長は、先程の演説について何も突っ込んでこなかった。
「あ、そうか。去年もバスケだった」
俺も何もいうことは無いので、去年さっちゃんが参加した種目を思い出して頷いた。
「皐、こいつの出る種目は?」
「バドミントン」
球技?と首を傾げたくなるが、球技大会なのに綱引きがあるような感覚だ。あまり球技大会という名前に固執してはならない。
「………あ、タツが選んでいたな」
一瞬難しい顔をした会長様であったが、おにーたまがバドミントンに参加していたのを思い出し、携帯をジャージのポケットから取り出した…って、生徒会長が堂々と携帯を私用で使い始めた…!
「タツ?ああ、俺。お前の弟はバドミントンに参加するらしい。打ちのめせよ。いいだろう?…ああ。わかった。俺もバスケで皐を打ちのめす」
不穏なことを言われた気がします。
さっちゃんもその言葉には、ちょっとしぶい顔をしておいでで。
「ああ、気にするな。他の役員候補にも刺客をしむけるのが、恒例行事なんだ」
「うわ、めんどくさー」
「…めんどくさー」
先生、さっちゃんが、俺の真似を始めました。
「手ぇぬくなよ?いや…手ぇ抜かないようにしておけばいいのか?皐は簡単なんだが、 コウは難しいな…」
さっちゃん簡単とか言われてますよ。
まぁ、幼馴染ですもんね。おだてるのも、その気にさせるのも簡単なのかもしれない。
なんて思っていたら、もっと簡単な方法だった。
「コウは皐が頑張ろうと頑張らなかろうと関係ないだろうけど、ちょっと言ってやらないか」
「…何を?」
「もちろん、頑張れと」
「……さっちゃんガンバ」
俺がどんなにやるきなかろうと、一生懸命応援しようと、頑張れっていったら、がんばっちゃう。それがさっちゃんです。
カッと目を見開くと、うんうんと頷いて、シャキンと背を伸ばす。
「さっちゃん、そんなだから、簡単って言われちゃうのよ」
「…わかってる…でも、嬉しい」
さっちゃん、健気を通り越して不憫になってきたよ。
…俺のせいだけど。
あは。






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