簡単にいうと、順調に夏休みは進んでたし、合宿という名のアルバイトもすごくいい雰囲気だったと思う。
忙しいけど、充実してるっていっていい。
生徒会ライブについても、方向性がまとまらないとかいうのとさっちゃんの大反対で結局第二案をだして、やらない方向になりそうな感じになっていたし。
店長がお休みになって、夜の部も請け負うようになったけど、仕事面では何もなかった。
でも、俺はあんまり、お客様に歓迎されてなかったみたい。
なんだかんだと難癖つけられちゃったんだよねぇ。
まぁ、わかるよ。
結構こういう集団が排他的なの多いし、その中に他人をいれるのは躊躇われるよねぇ。
俺も店員ですって線引きしといたし、一応天の幹部ともお友達っての隠さないようにしてた。
さっちゃん、くっついて離れないし。
口でいってわからない連中じゃなかったのはせめてもの救いだけど、毎日毎日同じメンツが集まるんでないし、俺も、毎夜でてるわけじゃない。
正直、バイト最終日は運が悪かったんだよね。
俺の、じゃなくて、さっちゃんのかもしれないけれど。
その日の夜バイト。
いつもみたいに、ギャルソンエプロンしめて、人の前にたって、飲み物をグラスに注ぐ。
それだけの作業。
それだけの作業が、ままならない。
邪魔されて、ニヤニヤされてる。
子供のやることかよ。とため息もつけない。…なぜなら、ため息をつくだけでキレる可能性が高いからだ。
零した液体を拭く。入れようとする、邪魔される。
それが三回ほど続いた時点で、よくここに来ている奴がそいつを注意した。
それで漸く終わったと思ったら、今度は入れた飲み物に難癖を付けられる。
そろそろ面倒だけれど、一応お仕事だ。俺は謝る。
隣で見ているさっちゃんは不愉快げだけど何もいわない。
「だいたいよぉーあんたさぁー、総長にもかばわれて不愉快なんだよ!」
調子にのってそういう奴。
へいへいそうですかぁとはいえないアルバイト身分。言い訳だってできませんよ。
「なぁ…なんとか言えよ」
笑って言われると不愉快だけどねぇ。
嫌な顔もしないで、俺は隣で今にも怒りそうなさっちゃんを右手で止める。
それがみえちゃったのはまずかった。
「てめぇ、ホント、何様のつもりだぁ?灰谷さんにさわったりして!」
とかなんとか、胸倉つかまれちゃって。
触るだけでコレか。とんだ信者だな。なんて、他人事のように見ていると…怯えもしない俺に、そいつは腕を振りかぶる。
とりあえず殴らせとこうかな、痛いけど。と思っていたら、胸倉から手が外れた。
というか、さっちゃんが外した。
「…お前、こそ…何様?」
まだ話そうという気配があるから、理性はあるほうだ。
強面で、さらに整った顔立ちといっていいさっちゃんの睨みは強烈だ。
それだけでも相手を黙らせる効力がある。
ただ、普段はそんなことをしないどころかぼんやりしているくらいが通常なさっちゃんが、見せたその姿は、誰がみても、キレたようにしか見えないらしい。
さっちゃんをよく知る、幼馴染な人たち以外の誰もが息を飲んでその場を見守っていた。
そのとき、店の扉が開いて、乱暴に閉められた。
こちらにむかってくる足音に、俺はゆっくりと振り向いた後、やってきた拳を避けた。
なんだなんだ、少年何事?そう思いながらも、何故、少年が怒っていることに俺は気がついた。
「なんですか、篠原さん」
俺は、店員としての態度をつらぬく。
店にいた連中とちがって、こうしてさっちゃんが怒ってることも、止めなければいけないほどのものとも思っておらず、静観していた俺は、平素の態度となんら代わらぬ態度をとったのだ。
「お前…!お前止めろよ!」
だけど、少年は、止めろといった。
それはさっちゃんを止めろってことだろう。
解っていて、俺は聞いた。
「何をですか?」
少年は俺の態度に更に怒ったのが解った。
顔を真っ赤にして怒っている理由が、さっちゃんを止めなかった、だけでは理由が薄すぎる気がした。
「好きなんだろ…!」
そのひとことで、俺は、漸く合点する。
少年は皐をみたあとに俺をみたのだ。
普通なら、好きな奴が喧嘩なんてしていたら、怪我をしないだろうかとか、心配して止めていいはずなのだ。
何もする気のなく静観する俺はさぞ冷たく見えるだろう。
「何が、ですか?」
だが、俺は尋ねる。
この騒ぎはすぐに沈静化するし、さっちゃんが怪我をすることなく終わることも、俺は知っている。
だから、少年に説明してもよかった。喧嘩にはならない大丈夫だと、言ってよかった。
けれどそうしなかったのは、俺は、たとえさっちゃんが本当に喧嘩をしても止めはしないし、きっと喧嘩をしたときいても、ふうんというだけだからだ。
冷たいようだが、さっちゃんが何をしていようが俺に被害が出ず、興味の範囲でなければ関係ない。どうだっていいのだ。
正直、地味な子供みたな嫌がらせも、難癖つけられたのもどうでも良かったんだけど、こうやって問詰められるのはイライラする。
「皐が!」
「総長…!」
さっちゃんが隣で悲鳴をあげた。
荒く乱暴な声だったが、それは悲鳴だった。
さっちゃんは、俺を好きだと言わない。
そして、俺がさっちゃんをすきかどうか聞かない。
目を細めて少年の動向を見る。
その間にも俺のテンションはだだ下がり。バイトのこともどうでも良くなってくる。店長や、バイト仲間に迷惑をかけるということも、どうでもよくなる。…良くない傾向だ。
「…少年。俺はね、さっちゃんのこと、嫌いではないよ。でもねぇ、少年」
悲鳴を上げたあと、さっちゃんが唇を噛締めた。
さっちゃんが唇を噛むのは、感情が高ぶったときの予防線みたいなものだ。それを少年はきっと知らない。
危惧すべきなのは、さっちゃんのその状態だと、少年は知らない。
それを知っていながら、さっちゃんにとどめを刺すように、少年に告げるのは残酷だろうね。
「同じものをもっていない」
色も、形も、雰囲気さえも、同じというのは難しい。
無理、といってもいい。
だが、さっちゃんの俺が欲しいように、俺がさっちゃんを欲しがることはない。
感情や関係の名前を『恋愛』といい、少年の言うところの『好き』だとするならば、俺はさっちゃんが…
「好きじゃない」
少年が再び動こうとするより先に、さっちゃんが再び『悲鳴』を上げた。
それは音で、音楽で、呼吸で、絶叫だ。
か細いソレは、彼の感情の発露だ。
その場にいて、皐をよく知る十夜がまず少年を止めた。
隣にいるさっちゃんに視線をむけることなく、仕事を放棄して俺は仕事場から出て行く。
どうしようもなく、何もかもが面倒に思えた。
next/
二人の変装top