さっちゃんは、俺と愛人関係を結んだときから、今に至るまで俺がさっちゃんに向けるものがけして恋人といえるほどの好感情であると思っていなかった。
愛人でいいといった。
そして、ぐだぐだした関係に終わりをつけようとした。
でも終わらせることもできず、だからといって期待もできなくて俺を探さない。
それでも、諦めきれず、俺の言葉を聴くことができなかった。
聞かなければ、壊れないものもあるのだ。
でも、俺とさっちゃんの関係はけしていいものではないのだ。
本人達からしても、他の人たちからしても。
「あー新学期が怖いねぇ」
他人事みたいに呟く。
別れようといったわけではないけれど、突き放したも同然なのだ。
これから関係修復を行う予定もない。
さっちゃんにしても、俺に連絡をとるのは恐ろしいことだろう。
そうなると俺とさっちゃんが別れたという話は、新学期始まってすぐ駆け巡ることになるだろう。
それと解るほど、さっちゃんは気を落としているだろうし、俺はそれに関わろうとしないから。
その姿は別れたとしか言いようがない。
そうなると面倒なのはさっちゃんのファンだ。
さっちゃんを傷つけた俺に悪感情を抱くのは容易に想像できる。
不意に、メールの着信音が響き、俺は携帯を見る。
メールは兄上からで、実家に帰れとのお達しだ。
どうやら、俺はカフェに戻る必要は無いようだ。
荷物は任せたと返事をして俺は終電に間に合うかどうかを考えた。
たぶん、間に合うだろう。
そう思って向かった駅には、今日お休みだった会長の姿。
「……ついに、やったらしいな」
幼馴染が傷つけられたら怒るだろうねぇくらいに思って俺は、耳たぶをかいた。
「やったけど?」
会長は深いため息をつく。
どうしてそうなったか、話をちゃんと聞いたのだろう。悪びれない俺を、どうするつもりもないようだ。
「皐は…」
俺とさっちゃんの関係なんて、ヤキモキするだけのものだ。
それでも、会長や水城は願っていたと思う。
幼馴染のゆがみない幸せ。
「それでもいいと思っている」
「知ってる」
「…だが、俺と十夜はこうなってよかったと思ってる。…おかしいか?」
「別に、普通じゃないかな」
興味本位で愛人になった。
面白いから続けた。
面倒だからやめた。
優しいとか優しくないとかじゃなく、はっきりというと、悪意を抱ける人間だ。
「そうだな、最低だよ、お前は」
そういいながらも、会長は怒ることは無く俺に、俺の荷物を渡した。
兄上、会長に任せるとは、いい度胸だ。
「会長は、俺を殴ったりしないわけ?」
「殴っていいなら病院おくりにしてやるが?」
会長は平素と変わらないように見える。
いつものように俺と話し、呆れたようにため息をついた。
「うわーそれなりに怒ってる?」
「当たり前だ」
しれっと当然のことのようにそう言った会長はそれなりどころかかなり怒っているのだと思う。
気持ちを落ち着けるためか、諦めるためか、ふたたびため息をつく。
「…まったく、何処がいいんだろうな」
「…まったくだねぇ」
「本人がいってやるな」
そして、同意した俺に苦笑するだけ。
会長はこの結果に、もしかしたら満足しているのかもしれない。なんとなく、俺はそう思った。
「お前は最低だが」
切符を買いに行こうとした俺の後姿を見送りながら、思い出したかのように、高雅院雅は聞こえるか聞こえないかの声でこういった。
「俺は、それでも、期待をしているんだ」






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