とにかくクラスまで走った。
すっげー走った。
尚はクラスに当番をしにきていて、カフェオレを客に渡していた。
「な…お、親父さ…」
全力疾走しすぎて、息もたえたえ。
声も出ない。
「あー。うん」
って、返事をした尚は、少しうわの空だった。…ていうか、いつもと何か違う。
「……尚、どうした?何かあった?」
息を整え、尋ねてみると、少し首を捻って、尚は微妙な表情を浮かべた。
「……んー…まぁ。あった。けど…まぁ、落ち着いたら言うわ」
今は落ち着いてないってことか。
「あ、で。親父がどうした?祭りきてた?」
「あ、うん。てか、夏に会ったおっさんが、尚の親父さんで…」
「ああ、あのおっさん、変わってるだろ?ライフイズスマイルとか毎日言ってるようなおっさんだからなぁ」
なんて遠い目。
「不器用で、写真しか撮れなくて、息子とのコミュニケーションがうまくとれなくて、息子と同じくらいの年頃のやつに世話焼いちまう。変なおっさん」
と、その不器用な父親について声には出さずに、尚はいう。
不器用だけど、自慢の親父なんだ。と。
ああ、いいなぁ。なんて思った。
うちの親父はちょっと頼りないけど優しくて、俺は大好きだ。
ばばあは…お袋は。強いし、鬼だし…でも、いつも俺を心配してる。
夏に、一度帰った実家で、お袋は何も言わないで、俺の好物を机に並べた。
親父が眉を下げて、母さん、啓祐が帰ってくるの待ってたんだ。って。
早く帰ればよかったなって思った。
な、俺も。
俺の両親も。
自慢の両親なんだ。
尚みたいには、言い表せないし、いうことなんて一生ないかもしれないけれど。
大好きなんだ。
「ん。でも、いいおっさんだよ」
「おーサンキュ」
ちょっと変な態度だった尚が、照れくさそうに笑って、いつも通りに戻った。
しばらくして、苦笑みたいなのを顔に浮かべて、少し頭をかいて、俺にすまなさそうに、尚が言った。
「なぁ、篠原。ちょっと交代してくんね?」
「おう、いいけど」
「ちょっと野暮用だ」
いや、その野暮用って何?気になるんだけど。
と思いながらも、俺は、おいしいと評判になっているクラスのクレープで引き受けることにした。
尚は、また、サンキュといって何処かに走っていった。
それと代わるみたいにして、戸田家の長男がやってきた。
長男…傾城さんなわけだけど。
「え、今、尚どっかいっちゃったんすけど…」
「あ、いいいい。擦れ違ったから。俺は勝手にくつろいで勝手に出てくから」
そういって、俺にオーダーをしてくつろいでいる傾城さんは、なんだか大物オーラがみえていた。
傾城さんって、なんかスゲェ大物オーラ背負ってるよなぁ。
食べ物を作ってもらっている最中に、その大物オーラをものともせず、風紀委員長が走ってきた。
って、十夜が走ってくるのってめずらしくねぇか?
あいつ、ちょっと短気なとこあるけど、走るとか、そういうことあんまりしないぞ?しかも、息を乱すまで、走らないぞ?
すっげぇことになってんだけど、今。
「………ッ、ッ…!」
息もできないみたいな十夜の近くにいた傾城さんが、十夜の背中を撫でる。
「おつかれさん」
「…おつ…かれさん…じゃなく、て…!」
誰のおかげで走ってきたと思ってるんだという恨みがましい目をする十夜。
「尚が教えてくれたのか?」
「…余裕で、…すげぇムカつく」
「ああ、尚に感謝しとくわ」
…十夜と傾城さんの会話が成り立ってないんだけど。
十夜はそれに焦れるわけでなく、暫く息を整えることに集中したあと、傾城さんの前に座った。
あ、知り合い、なのかな?
「来るなら、一言、言えよ…」
どっと疲れた様子の十夜にお冷を渡しながら、傾城さんは笑う。
うわぁ、俺、その笑い、みたことないです、傾城さん!スゲーカッコいい。しかも、なんか溶けそうに甘い!
「驚いただろ?」
「…驚くどころか、ちょっとした除け者気分だっつうの。あんた、秘密にした挙句、俺に会いにこねぇから…」
「だって、十夜は俺を見つけるだろ?」
え、なんかさっきから、話を聞くのもいけないような雰囲気なのは何故なんだろう?
傾城さんの言葉に、十夜がカッと赤くなった。
すげーりんごだ…。
「ばっ…!そ…、そうだが!」
十夜言い切っちゃうんだ…と、俺はなんとなく遠い気持ち。
食べ物を作ってもってきた恭治がフニャっとわらって、俺にこそっと教えてくれた。
「…あの二人、付き合ってる」
付き合ってるって、やっぱ、あれだよな。
恋人的な…。
うう、ほんと、いつの間に皆、恋人とかつくってるんだ!






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