おねむな二人


トオルが彼に出会ったのは、夏の盛りだった。
虫も眠る時間以外静かなときがない、そんな時期。
まさに、虫が眠る時間に、トオルは彼に出会った。
「…あんた、何ねてんの?」
「……」
白い頭をうつらうつらと揺らす姿はなんともほのぼのとして、心に温かいものが舞い降りるが、彼をみつけたトオルはほのぼのなどしなかったし、温かいものなんて舞い降りようがなかった。
「俺も眠たいの我慢してんですよ、あんた、マジ寝とか許しませんよ」
そして、彼はとても正直だった。
頑張って起きている中、他人が眠そうに、いや、まさに今、寝ようとしている姿がどうしても許せなかったのだ。
何度も揺さぶり、最終的には知り合いでもないのに殴って、蹴って、たたき起こす。
「…あ?」
そんな起され方をした彼は、もちろん機嫌がいいわけが無い。
お構いなしに、不機嫌な、眠そうな顔で、トオルはいった。
「おきたか?おきたな?よし、俺は寝る」
トオルは彼が起きたことを確認すると、ばたりと、眠りについた。
お休み五秒だった。
「………あんだよ、こいつ」
殴られ蹴られ起され、さらには、知り合いでもない、それこそたった今、出会った人間の太股を拝借する人間など、図太い以外の何者でもない。
彼がそういってしまうのも仕方ないことだった。
彼がわけが解らないながら、静かに他人に太ももをかし、トオルが夢の世界に旅立ち、しばらくたった頃だった。
トオルは人の声に目が覚めた。
「ちょ、何処で寝て…ってか、何してんの!?」
トオルには誰だか解らないその声は、おそらく彼にかけられたものだったのだが、トオルにはただ煩わしいものだった。
早く黙らないだろうか。
そうは思うものの、人の気配に敏感で、自分の身の回りのこまやかな規則性のある音意外には目を覚ましてしまうトオルには、この騒音は耐えられないものだ。
まして、自分が枕にしているものを揺さ振られては、寝るものも寝られない。
「…っさい、黙れ、揺らすな」
おそらく知らない人に悪態を吐く。
あくまで目蓋は開かずに、悪態をついたトオルに、揺さ振っていた人物は目を付けたらしかった。
「そだ。君、ねぇ!なんでそーちょの膝枕っつか君誰よ!?てか、こんなとこで君も寝ちゃダメでしょ」
その人の言うとおり、そこは寝る場所ではなかった。
ソファや椅子もなければ、室内ですらなく、人の家の前ですらない。
救いといえばゴミ置場ではなく、人目にあまりつかない場所だったことだ。
そこは路地裏。
冬には眠れるほどの暖かさはなかったことであろうが、夏の今はビル風が生暖かく、時には涼しげにも感じるほど吹いている、そんな場所だった。
「…っせぇ、だまれきえろ」
枕以外の人は認めない。と、暴言もはく。
しかし、ふと、トオルは思い直す。
そう思えば、この枕はあまり動かない上に、疲れていなければ、人の前では浅い眠りにしか付けず、人が寝てしまってからしか眠れなず、さらには安心する匂いがなければすぐには眠れないトオルが、枕にでき、しかもすぐに眠れるような何かを持っている。ある意味、貴重な人材なのではないか。
「理不尽ッりーふーじーんッ!起きてぇ!もう、起きてぇ!」
煩く、トオルを起こそうとする人物は、彼と知り合いのようだし、眠い上に不機嫌だが、貴重な人材を確保するために起きてやろうか。
そう思い、トオルは眉間に皺を寄せ、声をかけてくる男を見た。
ド派手なショッキングピンクが目に入った瞬間に、もう一度目を閉じる。
寝起きにはやさしくないインパクトだった。
「やっと起きてくれたー」
嬉しそうに笑うショッキングピンクは、名前を八坂(やさか)と嬉しそうに名乗った。
ヤサカはトオルが起きると今度は彼を揺さ振りはじめた。
やはり起きない彼に、やはり眠いなか起こされたトオルは再び理不尽な理由で、殴り、蹴り、彼を叩き起こした。
「……なんなんだよ、今日は」
彼はあえてショッキングピンクを目に入れないようにして、不機嫌につぶやいた。
「総長、こんなとこで寝たらまずいっしょ。つか、なんでこっちみないの!?」
「…オマエは寝起きにやさしくない配色だ。目が覚める」
目が覚めるような鮮やかな色。
まさにそれが、ヤサカの髪色だった。
起きてすぐはしばらくぼーっとしていたい人間にとって、あまりやさしい色ではない。
「つか、それだれなの、なんなの!?」
「知らない」
「はぁ?」
「なぁ、オマエ、何?」
未だ座ったままの彼の隣にたっている暴力的な、強制目覚ましは、眉間に皺を寄せて、やはり眠そうに答えた。
「七瀬透(ななせとおる)」
「だってよ」
「だってよじゃないでしょ!?まぁ、総長は、悪意がないなら気にせず睡眠とっちゃう人だし?たぶん、寝てる人みてたらねむたくなるとか、そういう理由なんでしょ」
よく解るなぁ。と彼は頷く。
何かずれていて現実味がない。
この場の空気をさらに現実味のない空気へとかえるべく、トオルは未だ座ったままの男のうえに躊躇なく向かいあわせで座った。
「はぁ?」
「へぇ?」
彼とヤサカが不思議そうに呆然とするなか、トオルは迷うことなく、彼の衣服の匂いを嗅ぐ。
柔軟剤のうっすら香る中、安心する、眠気を誘う匂いがして、思わず目を細める。
「あんた、名前は?」
「…………戸田蛍雪(とだけいせつ)」
呆然としながらも、名前を答え、ケイセツは夏でありながら不快にならない体温に眠気を誘われた。
「戸田、あんた、俺の枕になりませんか」
「…枕?」
「何処のがっこかは知んないけど、近所っぽいし」
「はぁ?」
「俺の携帯枕になりませんか?いや、枕といわず寝具に」
最終的には酷くいやらしいことを言われた気がしたケイセツであったが、この年下らしい人物は、あくまで寝汚いだけだ。そう感付いて思わず頷く。
「一緒にいるかぎりは別に構わない。本当に携帯されるのは勘弁してほしいが」
「あんたも寝るの好きそうですもんね、起きないし」
「そうだな。じゃあオマエ、俺の目覚ましになってくれ」
「わかりました。起こし方はさっきと同様になりますが」
「構わない」
こうして、ケイセツとトオルは出会い、携帯寝具と目覚ましは揃ったのであった。
後に、はっと気が付いたヤサカは語る。
まるでプロポーズのようであった、と。
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