野獣と猛獣


前のヘッドが言った。
恋ってのは突然で、壁だとかプライドだとかああいうのはいとも簡単にへし折ってくれる瞬間がある。
なんのロマンチストかと思った。
残念ながら、少し前に、俺もロマンチストだと気がついた。
気がついた瞬間から、俺の失恋は決まっていたようなもので、俺としては、あーあといったところだった。
「シマ、チース」
「おー」
俺は、今日も今日とて、ロマンチストだと気がついた瞬間の夢を見る。
眉間に自然と寄っていく皺を自覚し、声をかけてくれたツレを飛び越し、遠くを眺める。
「シマァ、黄昏てんなよォ。今日はアレだろォ…セブンとぶつかる日だろォ…?」
チームに入ってからのツレは、俺が遠くを見ていようが、黄昏ていようが関係ない。
「面倒だから、他あたってくれねぇかなぁ…」
セブンは新興勢力だ。
俺がヘッドを務めるチームは昔っからあるチームで、大所帯であった時もあれば、今のように少数精鋭と騒がれている時もある。
ここ最近はうちより弱いチームしかいなかったから、このへんではナンバーワンとされていたが、新興勢力のセブンとは実力が拮抗しているらしい。
らしいというのも、セブンと正面衝突はしたことがなく、いつもいつも、衝突しそうになるたび、何かと理由をつけてトップ不在を決め込んでいるからだ。
「なんで、定期的に喧嘩しやがるかねー…やだやだ、血の気が多くてやだ。俺はできたら寝てたい。むしろ寝てたい。いや、寝かせてください」
「シマァ…満場一致でトップになったんだから、それらしくはたらけよォ…」
「だって、セブンのトップおっかねぇじゃん。セブンはトップだけじゃねぇよ。幹部っていうの?ああいうのもすげぇ威嚇してくんじゃん。怖い。すげぇ怖い。怖いから寝させて、ほんと寝させて、マジ寝る」 「お前、どれだけねるの好きなんだよぉ…でも、ダメェ。今日は、ダメェ。しっかりやるぞ、ほら、起きろ」
起きたくなかった。
寝るたび、ロマンチストになろうとも、寝ていたい。
ロマンチックな夢を見たいがために寝たいわけではない。
もはや慣例化しつつある、セブンとの喧嘩をしたくないがために寝たいのだ。
「いつもだったら、俺なんてラフランスじゃんかよ…なんで今日に限って俺を起こすんだよ」
「つってもなぁ…今日、セブンの…ああ、ほら、来たぞ。奥に迫ってくる足音」
「今すぐヘッドかわってくれ。そんで、お前が戦って」
「無理だぜぇ…そんで、今日はなんか他の連中も出払ってるんだぜェ」
うちのチームがトップじゃなかった時もある。
だが、敵前逃走したことは未だかつてない。
だから、負けることよりも、逃げたことの方が、うちのチームにとって罪が重い。
ちょっとしたプライドなのだ。
解っているから、俺は潔く敵前にたつことができない。
でかい、寝そべるためのソファーの上。
立ち上がりもしない俺の横にツレがたって、悠々と歩いてきたセブンのヘッドがドアを蹴りあけた。
素晴らしい脚力だ。
「今日は、どういったご用件で」
俺は寝そべったまま尋ねる。
俺を見下げるセブンのヘッドの顔は、いつもどおり憎たらしいくらい偉そうで、余裕綽々。あちらにしてみれば俺の態度は大変気に食わないだろうが、プライドか何か、セブンのヘッドは声を荒げることはなかった。
「少し、Eのヘッドの様子を伺いたくて、なぁ?」
「このとおり、不調なんで、帰ってくれねぇかな…」
俺の様子はむしろ快調そうですらあるだろう。
セブンのヘッドが鼻で笑った。
それと同時にセブンのヘッドが引き連れていた幹部だろう人間が、ツレを捕まえにいった。
「……うちのツレは、その程度じゃ捕まんねぇよ」
セブンのヘッドが少し不機嫌そうな顔をして、俺に近づいた。
さて、俺も流石に起き上がらねぇとな。やれやれ…と起き上がろうとしたら、セブンのヘッドの実美(さねみ)と目が合った。
何故か少し潤んだその目を、捉えた瞬間、俺は、起き上がらずにそのままソファーから身体を落とした。
ソファに突き刺さる鉄パイプに、俺はゾッとする。
「あー……」
しかし、よくよく見ると、その鉄パイプは俺がいた場所には突き刺さっていなかった。威嚇、なのかもしれない。
俺は落ち転がった床から立ち上がり、お気に入りのソファーから実美に目を向ける。
「あのソファ気に入ってんだけど」
「てめぇが俺の相手してくれるんなら、ソファくらい買ってやるよ。同じやつ」
片方上がった口の端に、噛み付きたいなと思いながら、俺は横に移動する。
再び鉄パイプが飛んできた。
どれだけこの男は鉄パイプを持っているのだろう。
実美の後ろを見る。
鉄パイプ係らしき奴が、鉄パイプの束を持っていた。
ちょっと死にたい。
「俺、喧嘩したくねんだけど」
「……噂どおり、Eのヘッドはやる気がねぇのか」
「ねぇよ。だって、やるなら、ベッドの上の方が色気あるし、格段おいしいだろ」
「じゃあ、ベッドの上で」
やることによるんだが。
俺の目の前の男には、色気ではなく、殺気が滲んでいる。
大変死にたい。
「キィ、かわってくれぇ…」
「無理だっつってんだろぉ…俺の状態見ろよぉ…一進一退ダァ…」
そう言う割には余裕だ。
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