うちのトップは正直な話、手が付けられないくらいのド畜生だった。
もともとなのか、なにかあったのか、楽しい喧嘩をすると性的に興奮してしまうのだ。
性的に興奮すると手が付けられず、たった時点で相手をしていた奴を引きずっていき、最終的にこいつなら…と思わせるという大変なフェロモンを持ち合わせていた。
厄介以外のなにものでもない。
幹部といわれる連中は、大概、この厄介なフェロモンから逃げおおせた連中であり、なんとか貞操を守った連中でもあった。
それでも、ヘッドのことを嫌うやつらは一人もいないので、今までヘッドをなんとか興奮させないようにするに努めていた。
西に喧嘩があったときけば、走って沈黙させにいき、東に頭角をあらわしたチームがあったと聞けば殴り飛ばし…とにかく、そんなこんなで敵はいなくなっていった。
ただ困ったことに、この辺り一体のトップだと呼ばれるチームだけはどうしても、切り崩せなかった。
最初は、別に突っかかってくるわけでもないし、穏健派だというチームにわざわざ喧嘩をしかけなくてもいいではないかと、ほうっておいたのだ。
しかし、ヘッドがいった。
「スッキリとセックスしてぇ」
ヘッドは、これまた厄介なことに、喧嘩で得た興奮でないとモヤモヤしてしまうらしい。
いつまでも欲求不満を抱えてしまうがために、時々こうして我が儘をいうのだ。
いや、時々というか、わりと本能に忠実な人だから、我慢はあまりしないのだ。
そうして、ヘッドは穏健派のトップチームに喧嘩を仕掛けた。
その日のヘッドは大興奮だった。
セフレを呼んでスッキリさせることができたなんて、前代未聞だった。
ヘッドの喧嘩相手でもないのに、スッキリだなんて。
これからはこの方法で発散してもらおう。
幹部連中全員で頷いた。
しかし、すぐに事情が変わった。
その日から、ヘッドはため息をよくつくようになった。
遠くをぼんやり眺めることが多くなった。
どうしたのかと尋ねると、ヘッドは深いため息をつきながら、こういった。
「セックスしてぇ…」
いや、勝手にしてくれよと普通なら言うところであったのだが、ため息をつくばかりだ。
ヘッドの憂いた様子は、大変なことに例のフェロモンにも働きかけた。
大概の人間にお前なら、オッケーだと言わせるフェロモンはため息一つでその色を変えた。
誰もがそのフェロモン過多状態に腰を低くした。
このままでは、たまり場は盛り場になってしまう。
俺達は危惧した。
だから、ヘッドをさらに問い詰めた。
問い詰めるとため息混じりに、フェロモンまじりに、ヘッドは教えてくれた。
このまえ会った奴が忘れられないんだ。
そいつとセックスしたいんだ。
恋かもしれない。
なんと、迷惑な恋だ。
これは早々に決着をつけてもらわなければ、俺達はたまったものではない。
そうして、俺達はヘッドと対立したのが誰であったかを調べた。
この辺り一体のトップであるチームの名前はE。
ヘッドが対立して、あっという間にヘッドを興奮状態に陥らせ、恋に落としたのは、近重史真(このえしま)。うちのヘッドとは大違いの綺麗に脱色された金髪の男前。一目で恋に落ちてしまうには男らしすぎる体躯と容姿を持っているが、うちのヘッドなら今更どうってことはない。けれど、相手の立場に問題があった。
近重史真はEのヘッドだった。
Eのヘッドといえば、少数精鋭のEの連中が満場一致で選んだヘッドであり、歴代ヘッドの誰よりも腕っ節が強いという噂だ。
それは、うちのヘッドが興奮しても仕方ない。
仕方ないのだが、そんな強い人が、うちのヘッドに組み敷かれてくれるものか。
いいや、無理だろう。
そしたら、うちのヘッドはどうなるのか…。
考えた。
欲望にとても忠実であるヘッドは、大変しつこい人でもあった。
狙った獲物は、逃さない。
俺達は絶望した。
ある意味喜ぶべき事態ではあった。
勝目がないなら、誰もヘッドの被害を受けることがなく、ヘッドは近重史真を追いかけ続ける可能性があるからだ。
しかし、俺達は絶望するしかなかった。
近重史真は腕っ節は強いながら、やる気のないヘッドとして有名だったからだ。
「コノエシマ?シマ?シマシマシマ…」
自分自身の脳どころか身体に覚え込ませるように近重史真の名前を唱え始めたヘッドにも絶望した。
これはとても深い。諦めてくれそうにない。
そして、俺たちの戦いは幕をあけた。
だが、事態はある日急展開を迎えた。
なんと、あの、正直ド畜生であるヘッドが、あの近重史真に一目ぼれされていたのだ。
俺達は両手をあげて喜んだ。
その上、ヘッドは近重史真と一発やってから急に大人しくなったどころか、しおらしくなり、近重史真から逃げるようになった。
「ヘッドー、シマさん…」
「シマの名前は言うな」
嫉妬からではない。
顔もこちらに向けず、一人用のソファの上で、身を小さくして、ヘッドは膝を抱えた。
「あー…ダメだ、ほんっとにダメだ…」
結論から言うと、ヘッドはシマさんに負けた。
負けて、組み敷かれたのはヘッドだった。
喉仏に噛み跡をつけてくるわ、ただ事ならぬ充実感なのかフェロモンをまいたり、情事後の気だるさをまいたりと、大変だったが、ヘッドはさらにぼんやりとして帰ってきた。
「シマさん、今日もヘッドダメそうです」
「あー……わりぃな」
「いえいえいえいえ、また!来てください!!」
シマさんは、その時かなり激しくヘッドを抱いたが、ヘッドは起きたら暴れて逃げたらしい。
過激な照れ隠しだということを知らないシマさんは、ヘッドに嫌われたと思っている節があるため、大人しく引き下がってくれる。
本当は、違うのだ。
ヘッドはもう、びっくりするほど満足して帰ってきた上に、シマさんに会えないほど照れて、もう本当に、生きていくのが辛いくらいシマさんが好きになってしまったらしかった。
でも、ヘッドが出てこない限り、俺たちが何を言ってもシマさんを思いとどまらせることはできない。
「いや、会いたくねぇんなら、もう来ない方がいいだろ」
シマさんのことは避けているが、シマさんの声はしっかり聞いているヘッドは、このあと大変荒れた。
俺達は仕方なく、Eのナンバー2に電話して、泣きつくという事態に陥った。
ヘッドが大人しくなってくれるのは大変嬉しいが、早く照れるのをやめてくれないと、気の長いシマさんも諦めてしまうかもしれない。
ヘッド、お願いです。
早く照れるのやめて、いつもどおりフェロモンをシマさんだけに振りまいてください!